リオン




「お前は本当に可愛くない」


耳にタコが出来るほど言われ続けた言葉。親兄弟親戚、友人からもそう罵られた。
幼い頃から頑固で女の癖して勝ち気で負けず嫌いな性格が災いしてトラブルを起こす事が多々あった。その締め括りとして決まってあの言葉を吐かれる。
それに対して落ち込む事も逆上する事も無い。今更年頃の女子みたく取り繕おうとも思わない。気になる男子がいたとしても。


「またやらかしたのか」
「やったの向こうだし」


赤く腫れた頬に氷水が入った袋を押し当てて冷やす。
なんて事ない。しつこいナンパに困ってたみたいだから横槍入れて売り言葉に買い言葉繰り返して最終的に殴られただけ。
助けられた事に後ろめたさを感じたのか病院に連れて行くと言われたが断った。冷やせば治ると捨て台詞のように吐き捨ててさっさと逃げてきた。


「見せてみろ」


そう言うか否かリオンは当てていた氷袋を取り上げてすっかり冷たくなった赤い頬に指を這わした。
患部に直接触れないようにされてるけどまた熱を帯び始めたような気がする。
彼はなんとも思ってないようでまじまじとやや真剣な顔して患部を見つめてるだけ。勝手に照れてるこっちが馬鹿みたい。


「お前も女なんだから―」






「かわいくねー女」

「はは!ブスがしゃしゃり出てくるからだろ」






じくりと胸に何かが刺さったと同時に不意に男の言葉を思い出す。
ズキズキと痛む頬を他所にぐるぐる思考が巡る。言われ慣れているのに、今更…なんで。


「―聞いてるのか、ルナ」
「え。あ…ごめん、何?」
「…女なんだから少しは気を付けろと言ったんだ」


リオンの言葉がじくじくと心を蝕んでいく。
親兄弟でさえ女として扱ってくれた事無いもんだから些細な事でも女として意識してるような言葉に慣れない。
周りは私の事、生物学上女として認識しているだけで出てくる言葉は私の女性を否定する言葉。それは私に非がある。
スカートなんて穿いた事ないし、化粧や可愛い小物に金かけるくらいなら貯金に回すし、力仕事だって進んでやるし、媚びるのが大嫌いで出る言葉は憎たらしいものばかり。
女友達からは男だったら惚れると言われ、男友達からは気が許せるのか下ネタだろうが気兼ねなく話される始末。
腕っ節に自信があったから王都が行う騎士の試験に試しに臨んだらあっさり合格(というより周りの男が弱過ぎた)してそのまま兵士として勤めていよいよこの客員剣士様の目に留まり、何を思ったのか出会って数ヶ月後に付き合えと何故か命令口調で告白(?)されたものだから最初は鍛錬に付き合えと言われたのかと思ってたら行為に及ばれそうになったからびっくりだよね。思い出すだけでも赤くなる。

いやいや何するんですか、何しようとしてんですか。何って、付き合えって言ったらいいと言ったじゃないか。え、は、え?付き合えってその付き合えなんですか。他に何がある。鍛錬かなと…。馬鹿か。―今でもその時の会話が昨日の事のように思い出せるわ。それにしてもOK出してすぐ事に及ぼうとするのもどうかと思いましたのでとりあえずNG出しときました、その時は。
そうして今、ズルズルとまだ付き合ってる状態。


「口は切れてないみたいだな」


頬を這わしていた指がそのまま口元に滑ってき唇の形に沿うようになぞられる。
あ、やばいかなとちらっと思ったけど表情が変わらず真剣だからそのままにしておいた。
恥ずかしいは恥ずかしいよ、これでも。必死になんでもない様子を、平然を装う。


「大丈夫だよ、ビンタだったし。それに一般人が殴ったくらいでそこまで痛くもないし」
「しかし、もし痕でも残ったら…」
「この程度で残らないよ。仮に残ったところで」


不細工に変わりないし。そう言葉が出そうになり飲み込む。
リオンは自虐発言を良しとは思わないみたいで少しでもそう発言しようものなら眉を寄せて誰の目でもわかるくらい不機嫌になる。それがとても面倒くさい。今もほら、表情が少し強張った。


「…残ったところでなんだ」
「なんでもない。大した事ないと思っただけ」


あぁ本当面倒くさい。なんで付き合ってるんだろ。
付き合えの意味をその時知ってたところで断る余地ない命令口調で告げられて流れに任せて現状これだ。一体どこが良くて付き合えだなんて…今でもわからない。
私も正直なところよくわからないまま付き合ってる。けど、今みたいに触られてドキドキするという事は少なからず彼を意識しているのだろう。まるで他人事のように考える。
好きだなんて言葉、お互いの口から出た事はないのに。


「大した事ない訳ないだろ」
「ん…?」
「少しは女である自覚したらどうなんだ」
「―っ!」


ただでさえ至近距離にあった綺麗な顔が更に近づき唇同士触れ合う。前触れの雰囲気もなかったから唐突な行為に身体が強張り思わず息が止まる。
慣れてないから呼吸の仕方が相変わらずわからなくて角度変える為にほんの少し離れた隙に僅か呼吸するので精一杯。


「口、開けろ」


そう言ったところで頑なに開けようとしないのは彼もわかってるのか親指で下唇をなぞってから半ば無理矢理こじ開けられる。
ほんの少し開いた口を逃すまいと閉じないように塞がれる。


「んー…っ!」


待って待って、どうしてこうなるというかここ城の医務室だから!いつ誰が来てもおかしくないしそもそも私等まだ仕事中だから!…って言いたいのに塞がれてるせいで唸るしか出来ない。なんとも間抜けだ。やばい、このままだと流される…。


「口の中は切れてるみたいだな。血の味がする」
「へ…?」


まさかそれを確かめる為…?確かにビンタされた時に口の中噛んだみたいで痛みはあったけど。
口の中でされるがままされて息も上がって涙目な私を余所に涼しい顔で見下される。


「もうバテたのか?」
「だっ…て…!」
「今のでこうなったら後がもたないぞ」
「後って…!?」


疑問に思う暇も与えずまたキスされる。
思わず逃げようと身体を引こうとするも抱き締めるように頭と腰を押さえられ身動きすら出来ない。お互いの身体の隙間もないくらい抱き締められてるから相手の胸を叩く事も出来ずに行き場なくした手がシーツを掴む。
この細い身体の何処に力があるんだと思うくらい強い力に抗う事が出来ない。これが男女の力の差なのかと思ってしまう。口の中を蹂躙されていくうちに力が抜けていってるのもあるかもしれないがそれでも。


「だから気を付けろと言ったんだ」


漸く終わったかと思えば息が乱れて整えようとしてる私を見下ろし不敵に笑いながら吐かれる。
睨みつけたくても羞恥が上回って俯いてしまい、腕を上げて殴ろうとするとその腕はあえなく捕われる。


「!?ちょ、待って!」


あろう事か俯いた私の目に飛び込んだのは上着のボタンを外す綺麗な手。
身を捩って抵抗しても負けじと続けられてついに全部外されて中のインナーに手を付けられて流石にその手を捕えられてない方の手で押さえる。


「待ってってば!何考えてんの!」
「別に初めてではあるまいし今更だろ」
「誰が照れてるつった!(照れてるけど)時と場所と場合を考えろ!今真っ昼間!ここ城の医務室!仕事中!」
「夜で、ここ以外で、仕事終わってからならいいのか?」
「改めて言われるとなんか腹立つ」
「夜まで待てるか」
「ダメだって…っ!」


本当に今はどうしても無理で必死に抵抗する。
流石のリオンもある程度鍛えてる私を片腕で抑えるのは困難なようで忌々しそうに舌打ちするのが聞こえた。
せめて後で、着替えてからならまだやっても大丈夫…なんだけど…。
だって今日は…。


「なんでそんなに頑ななんだ。あの日なら既に終わってるだろ、今月」
「さいってー!わざわざ言う事じゃないでしょ!アンタこそいつも強引過ぎ!」
「我慢は身体によくないからな」
「だったら好き嫌いやめれば?」
「減らず口が」
「どっちが」


雰囲気もへったくれもあったもんじゃない。下手したら強姦だこれ。
求められて嫌な気はしないけど…こうも頻繁だと付き合ってる理由これじゃないかと思ってしまう。好きだって言われた事ないし、私だって最初から好きではなかったしいいっちゃいいんだけど…複雑…。


「いつも流される癖に今日は頑固だな。疚しい事でもあるのか」
「あるどころかご覧の通り殴られてますけど。大体こんなの相手にする物好き、アンタぐらいしかいない」
「なら嫌になったのか…?」
「い、嫌じゃ…てかその手に乗らないから」
「…チッ」


声のトーン落として不安そうに聞いてきたけど前に騙された事あるから同じ手にひっかかるもんかと一蹴したら舌打ちされた。なんなの。


「ほら、もうすぐ昼休憩終わるから」
「すぐ済む」
「そういう問題でもないし受け取り方によっては情けない事言ってるのわかってる?」
「いいからやらせろ」
「失ってきた理性と節操取り戻してこい」
「終わればな」
「…よし、ここは一つ取引しよう」
「ほう」
「今晩好きにしていいから。なんでもしてあげるから。これでどう?」
「お前にしては思い切ったな。本当にいいのか?後悔しないな?」
「こうでも言わないと乗らないでしょ」
「まぁな。なら取引成立だ」


よしよし、これでなんとかこの場は切り抜けられそ…、


「…えーと…?」


肩を押されて柔らかい布団の上に倒れる。起き上がろうにも未だ強い力で両肩を押さえられてて起き上がれない。
サラサラな髪から覗くのは不敵な笑みとややぎらついた若紫の瞳。


「…話が違くないですか」
「何がだ?」
「取引成立したじゃない…」
「今やめるという条件が出てなかったからな。夜は夜で好きにさせてもらうが」
「は!?いやいやふつーあんな条件出されたら身を引くとこでしょ!?」


ジタジタ暴れて藻掻くもの腹の上で馬乗りされてるし腕は押さえつけられて全体重かけられてるのかビクともしないしでさっきみたいに振り切れない。


「生憎、抵抗されると余計燃えるタイプみたいでな。力で捩じ伏せて徐々に抵抗感が薄れていって成すがままにされていくお前を見るのが堪らない」
「へっ変態!」
「煽るだけだぞ?」


だからって従順になったら好き勝手しそうでつまりどう足掻いても無理なんだ。
観念するしかないか…。…えぇい!一時の恥だ!恥ずかし過ぎてちょっと泣きそうだけど。


「諦めたか?」
「ッ…」


えぇえぇ、諦めたからさっさとやっちゃってよ、という意で睨む。
観念した私を鼻で笑いインナーに手をかけられる。あまりの羞恥に耐えれず目をきつく閉じる。


「…!」


捲し上げられて不自然に相手の動きが止まる。
いつもなら胸揉んできたり跡付けたりしてくるのに全然何もして来ない。


「な…にしてんの…っ。早く済ますって言ったじゃん…」
「…どうしたんだこれ」
「いつも何にも言ってこない癖になんで突っ込んでくるかなぁ!さらっとスルーしてさっさと脱がせばいいでしょいつもみたいに!」


肩に引っ掛けてるブラ紐を軽く引っ張られながら問うてくるリオンに恥ずかしさの余りとんでもない事口走ったけど、そんなの気にしてられないぐらいどうにかなりそう。


「珍しいの着けてるから…」


今着用してるのは花の刺繍にレースがあしらわれた薄ピンクの下着。上下セットだから下も似たようなデザイン。
男勝り、おしゃれに興味無い、こんな性格のおかげで服装はおろか下着までも見た目より機能性を重視する為、お世辞にもフリルやレースと言った可愛い下着を今まで着けた事がなかった。
大抵白かベージュの無地に上は着やすいスポーツブラに下は穿き心地のいいコットンパンツ。
別に誰に見せる訳でもないから気にしてなかったけど、リオンと付き合うようになって脱がされていくうちになんだか気になっちゃって…。何か言われた訳ではないし、今更可愛いの着たところで違和感でしかないなんて重々わかってはいるんだけど…とか思ってた折に男友達が下着の話に花咲かせていてそれを聞いたらなんだか…。


「に…似合ってないって言いたいんでしょっ?知ってるよそんなの」
「何も言ってない」
「でも別に誰かれ見せる訳でもないんだし、しし下着ぐらい何着けたっていいじゃん…」
「だから何も言ってない。聞いてるのか」


こんな形の着けた事なかったから後ろ留めるのにも苦労して着た下着。動く度に固い部分が擦れて気になって仕方なかった。パンツはパンツでいつも穿いてるのより少し小さいから変な感じするし。
アイツらが黒はセクシーでいいとか清楚な白は間違いないだの話しててその中に薄いピンクとか女らしくて〜とか言ってたからつい選んじゃって…。
まさか仕事中にやられる訳ないだろと高を括って着けてみりゃこんな展開になっちゃってこんなすぐ見られるなんて思わなかった…てか本当に恥ずかしい。


「も…ホント無理…、恥ずかしいからあまり見ないで…」
「あまりにも抵抗するから何事かと思えば…」
「煩い…っ」


顔は見れないけど声が心底くだらないと言った感じで呆れているようにも聞こえた。

可愛げ無い私。自他ともに認める可愛くない女。恋愛なんて縁ないと思ってた。興味もなかったし、男なんて皆女の事性的対象でしか見てなくてそんな奴らを愛せなんて到底無理で。
リオンの事だってなんとも思わなかった。確かにカッコいいな、綺麗だなとは思ったけどそれまでで気持ちが昂る事全くなかったし、今まで見てきた男達と違って上品で紳士的だから性に対して興味無いだろうなと思ったら同レベルだったし、まぁそこは上司だから下手に刃向かったら私なんて余裕で捻り潰されそうだなと思ったから対して抵抗しなかった。おかげで純潔失ったよ。
多分物珍しかったんだろう。彼の周りには女らしい普通の女しかいなかったから。私みたいに媚び売らない女なんて初めてなんじゃないかな。
なら飽きるまで好きにさせればいいやと。そこまで苦痛でもなかったし特別な拘りも私にはなかったし。
けど…共に過ごしていくうちに明かされていく彼の素性や素顔に知らずうちに惹かれた。いつの間にか傍にいてるだけで胸が締め付けられるように苦しくなったり、触れてもらえば苦しいんだけど嬉しく思ったり、もっと近づきたいと思う様になった。
突如舞い降りた恋心は厄介で、私の方がハマるなんて思わずそれを悟られないように必死になって、なんだかアイツの手の上で転がされてるような感覚が纏わり付いてる。
行為中の彼はそれはそれは楽しそうで当分続きそうだと知れればひっそりと安心していた。
男勝りな私を気に入ってるならこのままでいいのではないか。否、まだ彼が見た事もないような可愛い女の子や綺麗な女の人が現れたら簡単に捨てられるんじゃないか。
変化があれば続けられるかなという浅はかな思惑。
あぁ、こんなにも私は…。


「…、」
「え…なんて…?」
「…サイズ合ってないんじゃないか?」
「そ、そう…?別にキツくないかなって…。そんな大きくないから一番小さいの買ったんだけど…」
「全く無い訳でもないだろ」


そうだけど、でもAとかBとか65とか70とか訳わからなかったし店員さんに話し掛けられて慌てて一番前にあった一番小さいサイズ(A65)ひったくって勢いで買っちゃったから…。だってあんな店に行ったのも初めてで居心地悪かったし…。


「今度うちのメイド一人貸してやるからまた買いに行ってこい」
「なんでそうなる!?」
「金なら出す」
「そうじゃなくて!てか出さなくていいし!」
「どのみち脱がすけどな」
「だろうね!」


そろそろ始めるかと言わんばかりに今度はズボンのベルトを外されてずり下ろされる。私とは相反して可愛らしい下着が露わにされて裸でいるよりも恥ずかしかったけど、その羞恥心を上塗りするかのように行為に没頭され、そんな些細な事忘れ去ってしまった。
…というかいつもより激しかった気がするのは気の所為だろうか…。






「夜は覚悟しとけよ?」
「ひぃ…!」






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