「・・・え〜・・・
今朝のHR前に行った"かくれんぼ"で、通気口の中に隠れたまま眠った九浄の捜索により、六限目となってしまったが・・・」
青筋を額に浮かべるマエストロ教師が、小さく「なめやがって!!」とぼやいた声は、誰かに届いたのだろうか。
「紹介しよう。
転校生の志萬安吾君と、沖野真夜子君だ」
突如現れた美少年と、美少女の登場に、クラス中が携帯カメラを向け、「美形!」やら、「天女!」やらと騒ぎ立てている。九浄さえも机に乗り出し、「美羽も撮っときなよ!」と興奮していた。
当の美羽は、そんな我がクラスを見て、大爆笑しているのだが。
「つーかコラ九浄!!(+このサル共っ)机に乗るな!」
ビタァ!!と教師に指を指された九浄へ、クラスの視線が一度集中する。
「ぜんっ然反省してねーな!?おまえ神野を駆り出した揚句に志萬君にチョーパンまでくらわしてなあ!!ちゃんと謝ったのか!?」
教師の怒号にも怖じけることなく、九浄は美羽をちらりと見詰め、直ぐさま教卓の横に並ぶ志萬へ視線を移した。
「すまぬす!!」
謝ってはいるものの、右手はしっかり携帯カメラのシャッターを押している。
「・・・ええて。よろしくな、九浄クン」
――ギャー――!!!!
そんな美少年の社交辞令スマイルに、クラスの女子の九割九分が魅力された。(美羽は笑い過ぎてぴくぴくと机に伏せている)
「――と、いうわけで、
時間的に今日は終わりだ!!
さよーなら!!」
ざわざわと、いつまで経っても興奮の覚めない受け持ちクラスへ放置プレイを決め込み、マエストロ教師は教室を去って行った。
そんなクラスメイトの波を掻き分け、九浄は一直線に美羽の所へ駆け寄って来る。
「美羽!!今日は志萬と沖野サンも一緒に帰ろっ!!」
「私は別にいいけど・・・」
ちらり、美羽は今だ教卓の横で立ちすくむ二人を見詰める。
しかし、九浄の声がしっかりと届いていたのか、二人はこくんと頷いた。
「で、三郎・・・部活は?」
「自主規制!!」
「だから言葉の使い方間違ってるってば・・・」
――そんなこんなで放課後。
美羽、九浄、志萬、真夜子の四人で下駄箱に向かう。
途中、先頭を切って歩いていた九浄が、何かに気付いたように美羽へ話し掛けた。
「そういえば、美羽の神秘キャッツは?」
「あー・・・」
美羽が伺うように真夜子を見ると、真夜子は声に出さずに口だけを動かす。
「・・・ゴビに居るみたい」
「めずら神秘!」
そうして着いた下駄箱にて、四人同時に開いたそれからは、恒例の"手紙雪崩"が巻き起こった。
「真夜子が来たから減ったと思ったのに・・・」
「テンション高いな、このガッコー・・・」
いつもの量と大差のない手紙の数にうなだれる美羽と、いきなりのラブ攻撃に軽く引く志萬。(真夜子は華麗にその手紙らをスルー)
そんな三人へ、九浄が代弁した。
「そー?いっつもこー!!!ってか美羽のファンはうちのクラスだけじゃないから!残念!!」
そうして、何とか救出した靴を、玄関に置く。
「ねーねーっ、志萬っ」
「ん〜?」
「二人っ、付き合ってるの?」
わくわくしている九浄から放たれた言葉に、二人――志萬と真夜子は固まり、美羽は吹き出した。
「京都で同中だったんでしょ?もーチュ〜〜とかしたの?エス・イー・エックスとか、したにょ・・「しとらんわ!!教育実習生に興味津々の小四生かおどれはっ!!」
目を輝かせる九浄の頬をわしずかみにする志萬。横でくつくつと笑う美羽を他所に、口を開いたのは真夜子だった。
「ああ、たしかに安吾には、何度か・・・ヤられかけた」
「にゅ?」
一人歩き出す真夜子に、首へ大きなリボンを巻いた黒猫が擦り寄ってくる。
「ま、そのたびにわらわの方が、押し倒してやっておるがの」
真夜子に抱かれた黒猫が、どこか不安げに美羽を見詰める。そんな黒猫へ、美羽は柔らかく微笑んだ。
「九浄よ。そなたも、気をつけられよな」
一人去り行く真夜子の背中に、九浄は更に大きな瞳を輝かせ、志萬は声にならない声を発して頭を抱えた。
「それは勿論、そなたもじゃぞ?そなたには、前科があるからの・・・」
他へ聞こえないよう呟かれた真夜子の一言。美羽は柔らかい笑みから色を変え、意味深く妖しげな――しかし、艶やかに口角を吊り上げた。
「神秘!!関西はやっぱススンでるぜ!スゲェよ志萬!!」
「・・・車道出んなや、アブないで?(神秘?)」
「三郎はいつもこうだから、気にしなくていいよ、志萬クン」
「そうなん?」 聞く志萬に、美羽は苦笑で肯定した。
「でも・・・アカン。なんや誤解しとるわ・・・」
「三郎は思い込んだら一直線だからねぇ・・・」
溜め息を吐く志萬の肩へ、同情の視線を投げ掛けながら美羽が手を置く。
「・・・けど、よかったん自分?神野は帰宅部やけど・・・サッカー部、俺と帰るゆうて休んできてんやろ?別にそんなん・・・」
「えっ、だって、志萬になついたもん俺!」
カッと目を見開き、真面目な表情で語り出す九浄。
「通気口なんて普通隠れなくない?そんなん見付けられたんだからさぁ!」
「や、でもそれは神野が・・・」
「今まで俺見付けるの美羽だけだったんだよ!?美羽の探す場所とか、誰も信じなかったし!」
「・・・・・・・・・」
ビシリ、指を指された志萬は、完全に九浄のペースへ飲み込まれている。九浄の性格を知り尽くしている美羽は、あえて黙る方向を選択した。
「マジ美羽に次ぐ超かくれんぼの天才だと思ったっつうか!!志萬って!!運命的で神秘じゃん!!」
夕陽が街の彼方に沈んでいく。美羽は遠くを見詰めながら、着実に結ばれて行く少年達の友情へ耳を傾けていた。
「・・・・・?(神秘?・・・何語や?)」
「顔ガイジンなのに関西弁だし!!杉●彩好き?ていうかサッカー部入れよ!!」
「・・・まーえーわ。なんや自分、おもろいな」
微笑む志萬の表情は、完全に十四歳の少年の顔だ。そんな志萬の台詞を聞いているのかいないのか(多分、後者だろう)、九浄は「っつーかさぁ!!」と、新たな話題を持ち掛ける。
「志萬って今ヒマ!?面白い店あるんだけど行く!?『ゴビ』って服屋!」
「あ、ちょ、さぶろ・・・」
「白狐って店長がすげぇ神秘で――」
その瞬間、志萬の表情が一変して凍り付いた。
「――そやな・・・忘れかけとったわ」
「ん?」
九浄が振り向いた時、今までそこにあった志萬の姿がそこにはない。
「あり?シマ?」
「あーあ・・・」
「ナニコレ志萬神隠し!?」
「三郎が余計なこと言うから・・・」
諦め顔でそう言った美羽に、九浄は純粋な眼で問いた。
「美羽はナンか知ってんの?」
「んーん・・・ただ、ね」
狩の時間
「"逢魔が刻"だから、ね」
「狩り?兎狩りでもすんの?やっぱ志萬は神秘!!」
「兎なんて可愛いモノならいいんだけど・・・それより、ゴビ行くんでしょ?」
「モチ!!店長に今日の神秘報告!!」
――音もなく、
近付いてくる日没。
「今日は慌ただしくなりそうだね」
美羽の"ナニか"を見据えるような言葉は、夏の風に溶けて消えた。
――荒円寺駅逢魔ヶ刻商店街ゴビ店前。
そこには、気怠そうに寝転んだ、黒猫とドーベルマンがいた。
『おや?』
『オイ、何犬みたいなことやってんだよ、クロベエ』
鼻をすんすんと効かせるドーベルマンに、黒猫がツッコミを入れる。
『犬ですよ』(阿●寛ボイス)
思い切り欠伸をするドーベルマンに、黒猫は『暇だ』と歎く。
『ああ、ユーどうですか?久々の東京は』
『あんまし変わんねぇな、京都と。でも、』
一度黒猫は顔をしかめて、言葉を続けた。
『"嫌な奴"には早々会うし、真夜子が東京で中学通い出してからもーすっげースカートがさ、短くって〜〜パンチュがもー見えまくり!!いいんだけど!!なんつーのこうそういうのはー普段一緒に寝た(省略)いやねー別に独占欲ってのはない方だと思うんだけど俺もまあずっ――ぐぁしッ
永遠と続く黒猫の惚気に、堪らずドーベルマンは鋭い牙で思い切り噛み付いた。
『あーなんて甘酸っぱい(ハァト)悩み多き年頃ですねコバン君は!!』
『 喰 う な よ !! 』
そんな二匹へ近付く二つの足音。しかし、言い争いに夢中な当の本人達は気付いていない。
『ちっげーよ!!そもそもパンチラってのは』
――ドサ・・・・・・
「パ、パンチラ・・・!!?」
「あらららら・・・」
地面に落ちた学生鞄。思わず漏れた九浄と美羽の一言に、二匹の動物は凍り付いた。
「犬語・・・ン?猫語?いや・・・こ、こ、これは・・・」
思わぬ自体に固まる九浄。しかし、やはり九浄は九浄だ。
「犬と猫が人間語でベシャってるよ美羽!!!」
『ち、ちがうニャン。気のせいニャン』
『ユーの耳がどうかしてるワン』
「 神 秘 !! 」
もはや動揺しまくり、いっぱいいっぱいな状況で否定する二匹だけれど、九浄の暴走は止まらない。寧ろ、人間の言葉で否定しても意味がない。
背中に跨がられ、耳と首輪を掴まれたドーベルマンが必死に抵抗するが、唯一九浄のストッパーになれる筈の美羽は、もう面倒臭いと、"我関せず"傍観していた。
「何っなんで?これってなんかホンヤクコンニャク的なアレ!?ドーベルマンがアベちゃんボイスで!!スゲエ!超神秘!!!!」
しかし、そう絡んでいる瞬間、二匹は九浄の"仕掛け"に気付く。
『!!!』
『琥珀の封印に、首の傷・・・!!?』
それは、生れつき九浄の首につけられた傷痕と、物心がついた時には掛けられていた琥珀の首輪。
そんな慌ただしい二人と二匹(一部沈黙)の前へ、救世主が現れた。
「騒々しいの。なにごとじゃコバンや」
『真夜子!!』
「ウフフ、とっても楽しそう」
『ひひひ姫!!!』
「でもそうしてると、受けキャラみたいね、クロベエ」
どうしようもないその状況に終止符を打ったのは、今朝方転校してきたばかりである沖野真夜子と、ふわふわのお姫様ブロンドを大きなリボンで後ろにくくり、エメラルドグリーンの瞳を眼鏡というナイスアイテムで魅力を際立たせている美少女。
和風美少女にお姫様。そんな二人のコンビを見て「●.A.Tu・・・・!!!」と目を見開く九浄、"受けキャラ"発言に撃沈するドーベルマン――クロベエを差し置き、走り出したのは先程まで沈黙を保っていた美羽だった。
「姫!!久し振り!!!!」
「あらあら美羽ったら、相変わらず可愛いんだから」
お姫様にはしっと抱き着いた美羽へ、真夜子は拗ねるように言う。
「・・・わらわの時とは随分反応が違うではないか、美羽」
「だって真夜子は夢かと思ったし!志萬クン一緒だったし!」
「しかも美羽の知り合い!!超・絶・神秘!!」
更にごたついてきた状況下、ゴビの扉がゆっくりと開いた。
「・・・もう、店の中まで筒抜けだよ?取り敢えず、全員中に入って話そうね」
ゴビの中から苦笑いで現れた白狐により、冷水を浴びせられたかのように、事はやっとのことで鎮火した。
ヒーローは、遅れた頃にやって来るものだ。
「えっ、知ってたの美羽も店長も!?クロベエとコバンが人間語でしゃべるって!」
勢い良く問い質す九浄に、猫と犬は所帯なさ気に目を逸らす。美羽は何故か猫用のゲージに納められた小桃を解放してやると、白狐の座るソファへ腰掛け、少し乱れた小桃の白い毛皮を撫でつけた。
「そりゃぁ、美羽チャンと二人は旧知の仲だし、ぼくはここらへん長いからねぇ」
小さな子供をあやしながら言う白狐は、「とうとう九浄クンにもバレちゃったか」 なんて、脳天気に笑う。
「ちなみに、小桃も話すよ人間語。ね、小桃?」
『はい、美羽様』
「え゙、神秘キャッツは更に神秘!?俺十四年間美羽と一緒にいたのに何にも知らなかったんだけど!」
柔らかな頬をぷぅと膨らます九浄に、美羽は悪気なく「ごめんねー」と謝った。こちらもこちらで脳天気だ。
「で、ビックリした?」
白狐の問いに、九浄はぐっすりと眠る子供――鈍(ナマクラ)の柔らかな足を弄びながら頷いた。
「したけど、いいね!!店長!!またまだこの世は神秘だらけで」
ソファに上半身を預けた九浄の背中がまる見えになっている。
「もうこれは、ちょっとのことじゃおどろいてもられないって気になってきた!」
「ウンウン、そうだねぇ」
鈍の頭を左手で撫でながら、白狐は続けた。
「・・・これから沢山たくさんあるだろうねぇ。九浄クンにとって、神秘なことが。ねぇ?」
白狐の感情を読み取れない瞳が、九浄から移される。
「キミ達が東京に集結したのも、そのせいだろう?
東の魔女・白百合姫。
西の魔女・魔女子。
・・・そして、」
続けようとした言葉を、美羽は「白狐」と、ぴしゃりと制止した。
「そうじゃな、白狐よ。美羽は既に知っておるが、来たぞ。志萬の若が」
魔女子の台詞に、先程までの笑みを無くし、白狐はキセルの煙をゆっくりと吐く。
「でもへんね、クロベエ?」
『ええ』
.・・・・
「志萬家とこちら側とでは、もう和解していたはずなのに」
姫の疑問に、美羽と小桃は物知り顔でただ黙っていた。確証はない、けれど、二人もまた"被害者"であることに違いはないのだから。
「マジョコ?ジ●リ?ってか、ン?志萬ってあの志萬!?」
少しばかり身体を起こした九浄。白狐の吐き出した煙が、開け放たれた窓から抜けていった。
「あそっか。九浄クンにはまだ全然言ってなかったんだね。実はさ」
――ボッ
ぱん!
言いかけた白狐の言葉を待たず、嫌な音と共に有るはずの物が消え、無いはずの物が吹き出す。
目を覚ました鈍、身を乗り出して警戒するクロベエ、コバンと小桃はその毛皮を逆立てた。
「――・・・あり?」
琥珀の首輪が無惨に裂かれ、九浄の首が宙を舞う。
美羽の視界が、九浄の血液で朱に染まった。
まるで
バトルロワイヤル
(世界が一転、灯に染まる)
2009.01.02