「――・・・・・」
何かの鳴き声がする。
「――・・・・ニャー」
嗚呼、そうだ。この声は、実家で飼っている小桃の声だ。
『・・・・・・して、』
幻聴かな?
――違う、夢か。
『どうして、』
小桃が、人の言葉を話しているみたい。そんなに実家が恋しいのかな、私は。
『どうして、置いて行ったの?』
小桃の真っ白な手が、ぽすんと私の額に乗った。私が実家に居た頃、私の部屋に忍び込んではしていた、懐かしい愛猫の癖。
――最近は、仕事に追われる日々だった。本当に、実家が恋しいのかもしれない。
「置いてったわけじゃないよ」
『・・・・でも、寂しいの』
悲しげに首を傾げる姿も記憶と変わらず、小桃はエメラルドグリーンの瞳で私を見つめた。
「小桃・・・ごめんね・・・・」
思わず、呟く。
小桃の首輪に着いた鐘のような形の鈴が、チャリンと特有の音で鳴った。
その鈴は、私が中学生の時、修学旅行で作った小桃用の特別な硝子の鈴だ。
『美羽に、会いたかった』
うっすらと、目の前の空間がぼやけていく。まるで、深い夢に堕ちる前兆のように。
『美羽が拾ってくれた日から、小桃は美羽だけの猫なのに』
嗚呼、小桃。
ごめんね、ごめんね、しっかりしてなくて。
小桃を連れて上京出来る程、私は大人じゃなかったんだ。
『会いたかった・・・だから』
小桃のエメラルドグリーンの瞳が、片目だけ朱に染まっていく。
ホワイトベースに、グリーンとレッドの挿し色だなんて、うちの愛猫はどんどん綺麗になっていくな――なんて、呑気なことを思っていた。
起きたら、お母さんに電話しよう。それで、今度の休暇は実家に帰って、久し振りに小桃の真っ白な毛皮をブラシしてあげるって、そう言おう。
『だから・・・・・ね、』
なんだか、小桃の瞳の色が、徐々に濃くなっていく気がする。それと同時に、息まで苦しくなってきた。
『・・・食べちゃったの』
それは何だか
まるで、
血の色みたいね
(こんなに愛猫に想われてるのに。私ってば、飼い主失格だね)
2008.12.12