目が覚めたとき、短い髪を掬ったのは青臭くて新鮮な風だった。

身体を動かさずに固定されぬ首だけで右を向くと、其処には頬をピンクに染めた寝顔。枕代わりにしている細い腕、握り締められているのは懐かしい白球。
俺が中学最後のホームランで、こいつにやったひび割れない思い出の象徴だ。

それから暫くの間、まるで打ち付けられたように俺は名前を眺めていた。
長い睫毛が下瞼に影を落とすと、夏の日差しのせいだけじゃない。ただでさえ染みついてそうな隈が濃厚になり、その存在を主張する。

名前は、疲れていた。
それも全部全部、俺のせいで。

数ヶ月前、大規模な抗争があった。
ツナを司令塔として隠し、獄寺とペアで戦線に立った俺。相手の人数は半端じゃなく、しかも雑魚の方が少ないという最悪の現状で気を、抜いてしまったんだ。

背後を取られるなんてさ、武士道の風上にも置けやしねーよな。

俺は重症だった。それでも、馬鹿みたいに刀を奮った。
抗争が終わり決着というものが目に見えるようになったとき、俺の内臓はいくつも壊死していて。

本当は、あの場所で死ぬはずだったんだ。

其れなのに、俺は生きてる。
生きてなお何時死ぬかわからない身体のまま、痩せ細ってく身体のまま、息をしている。
情けなくて、不甲斐なさ過ぎて涙も出ない。

「・・・・・武?」
「ああ、起こした?悪ィ、」
「ん、大丈夫!武の顔見てたら釣られて寝ちゃった」

ぺろりと舌を出して微笑むのは、昔から変わらない俺の女。苗字って呼んでたのが名前に変わっても、マフィアになるって時も、誰にも渡したくなくてイタリアまで連れて来た。
こいつが、傍に居てくれればいいと思ってた。

だけど、その事を今程後悔したことはない。

「武、武見て!あのね、花咲いたの」
「へー、キレイじゃん。何、名前が育てたのか?」
「そうそう!咲いたら一番に見せたくてさ、つんじゃった」
「勿体ねーなぁ・・・まぁいいや、キレイだし。サンキュー」
「どういたしまして、ここに飾っとくね」

名前が持ってきた花は、何か知らないけど真っ白な、花。その花は本当に純粋でキレイで、真っ白なトコとか、こいつそっくりで。
本当に、

「・・・・勿体ねーな」
「え?」
「俺にはさ、勿体ねーって」
「何で?」
「だってよ、」

――・・・その花が枯れる頃には、俺はお前を残してこの花とサヨナラなんだ。

「もー、ふざけないでよ」


辛いと、疲れたと、言えばいい。こんな弱った俺なんか見たくないと、逃げ出せばいい。
なのに笑って、自分の気持ちすら誤魔化そうとするお前は、

自分の目に溜まったその水分すらあやふやにする。

「・・・・・ね、もうそんな事、言わないで・・・」
「・・・・悪ィ」
「またキャッチボール教えてくれるんでしょ?待ってるんだから」
「ああ、そうだったな。名前ヘタクソだかんなー」

「練習量が少ないせいだ」なんて、笑いながら言うお前の頬には透明な涙が伝ってて、何か、俺も釣られて目がぼやけた。

学習能力ねーな、俺。強くなりたいって、思ったばっかりなのに。
結局弱くて、日本男児のくせに泣いて、一番見られたくない奴に抱きしめられて、安心するなんて。


「名前・・・・」
「・・・・・・・・・」


「生きたい、死にたくない」
「・・・・じゃぁ、生きてよ。生きて、またあのホームランの根性見せて、よ」




元気貰って、弱音聞かせて、何時だって笑ってくれて、俺の為に泣いてくれて、もらった事は数えきらない位あるのに、何一つ返せない。

キャッチボール教える約束も守れてない
絶対大丈夫だって、確信を持って言える筈もない
安心させることも悲しみ無く笑わせることも出来てないのに・・・・、




「生きたい」 そう、呟くたびに
名前の頭が乗っかった肩が、じんわりと熱くなった。




――懐かしい夢を見た。


名前が客席で冷や汗を流して俺を見てる。
俺は馴染んだバットを勇往と振りかざし、構え、敵を見つめた。

歓声が途絶え、投げられたのは見たこともねーような剛速球。
中学生のくせに反則だチクショウなんて思いながら、ほとんど我武者羅に振ったバッドは折れるかと思った。

だけど、なぁ。俺が負けるわけねーだろ?

綺麗に青空を飛び越えた球は、一番大切な奴の所に飛んでった。




「武!凄い、本当に凄いね!」



「ねぇ、大好きだよ」


「また、私に向かってホームラン!頼んだ!」




「 生 き て 」





長い間、眠っていた気がする。
何処からが夢で、何処からが現実だったのだろうか?


夏の青臭い風、思い出すような土の香り、そして白い花と、隣で微笑む名前が客席で冷や汗を流して俺を見てる。
何だか消えてしまいそうな気がして腕を伸ばしたら、それは本当に、あっけなく消えてしまった。


驚いてニ、三度瞬きすれば、ぼんやりと見える人間の存在。

「・・・・・名前?」
「山本」

意識がだんだんとはっきりしてくると同時に、名前だと思った人影も間違いだったと気付く。
其処に立っていたのはあいつじゃなくて、すっかりボスも貫禄についてきたツナ。

「おー、ツナじゃねーか。久々だな」
「・・・・・そうだ、ね」

久々に会ったその笑い方が何処か痛そうで、俺は「悩み事か?」なんて軽口叩いた。
そしたらツナはすっかり昔のままみたいに眉をへの字に下げ、俺の隣に何かを置き、帰ってしまって。
訝しげにその物体を眺めてたら、小さなメモだと気付いた。




「・・・・・冗談、だろ?」




変わらない、日本の風。
じめじめした夏、表面だけ乾いたグラウンドの土。

歩けば砂埃の立つそれが、俺と名前は大好きだった。


武、早く投げてよ!練習にならないじゃん!

「悪い、ちょっとボケっとしてた」


何それー!レギュラーの言う台詞じゃないでしょ!

「ドシロートの名前に言われたくねーよ」


ひど!もー、そんな事言うならもう武と話さない!

「悪いって!ほら投げんぞー!」




――バシッ


思い切り投げたボールは、幻想をすり抜けて球場の壁にぶつかった。
受け止めて、手が痺れたとわざとらしく泣き真似する名前は其処にいない。




「・・・・・なぁ、お前何処行ったんだよ」


「何、勝手に居なくなってんだよ」


「んな助け方されたって、名前が居なきゃ意味ねーじゃん」




私が死んだら、私の身体は武にあげてください。


生き残っていた幹部共。終わってなかったあの抗争。
終わらせたのはあいつで、引き換えになったのもあいつで。




「なぁ、俺あん時名前しか見えてなくて、忘れてたんだけど」


「ねぇ、たけし」

「なぁ、俺達の居た球場って、さ」


「ずっと、ずっと大好きだから」

「こんな、広かったんだっけ?」


「ごめんね」

沢山のモンくれたくせ、に。

こんなにお前はデカいんだって
こんなに涙が熱いんだって、お前は教えてくれてなかった。




終戦

俺の投げたボールは、
お前のちっちぇー手のひらに届きましたか?




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