「絶対に食べちゃ駄目よ」

昔、母親にそう言われるとどうしても手を出してしまっていた。
どうせ後で食べられる、今口にしてしまえばまた愚痴ぐちと怒られてしまう。そうは解っていても、止めることは出来なくて。
結局、俺は夕食のつまみ食いをして怒られるんだけど、そうやって食べた夕食は


――何だか凄く、格別な味がしたんだ。




後頭部に柔らかな感触。
暗闇から抜け出した瞳には、カーテンから零れる光がちかちかととても眩しい。
覚醒しない脳でぼんやりと現状を考えていると、逆光のシルエットが優しく俺の額を撫で付ける。薄暗い部屋の中、何度か大きく瞬きをして目を凝らせば柔らかく微笑む名前が見えた。

「・・・・・・ツナ、起きた?」
「・・・・起きた」

とても静かな部屋には、彼女の声が良く通る。それと同じように、俺の声も何処か反響して聞こえた。
頭の中で同じ台詞を何度か再生させるのは、昔から変わらない自分の寝起きの癖。暫くその行為を繰り返していると、少しずつ意識がはっきりとしてくる。
軋む腕をゆっくりと動かし、まだ額の上に置かれている彼女の手へと重ねれば、其れは今まで寝ていた俺の手よりも随分とひんやりしていた。

「冷たい・・・でも、涼しい・・・」
「ツナは体温が高いんだよ」
「・・・そんな事ないし。っていうか、朝からこの暑さとか・・・異常気象?」
「温暖化とか」
「・・・・環境汚染はんたい」
「でもクーラー推奨」
「確かに」

クスクスと囁くように笑う名前に、俺もつられて頬を緩める。
どれだけレベルの高いポーカーフェイスを習得しても、彼女にだけは素直に笑えてしまうから可笑しい。
張り詰めた心も顔も、名前の微笑みには敵わないんだ。

一度笑うと止まらない彼女。彼女の膝の上でそれにつられて笑う俺。重ねられた手は徐々に体温を共有し、差し込む木漏れ日がやけに眩しかった。
その光は日本の梅雨が始まる直前、妙に晴れた朝の太陽に似ている気がする。

「・・・・今日は、やけに静かな朝だね」
「・・・・そうだね」

近所の子供達が鬼ごっこをする声も、五月蝿いくらいに泣き喚く虫の声も、控えめに鳥達が自己主張をする声さえも聴こえない朝。
あまりの静寂に、寝すぎた頭もまたぼんやりと意識を遠のけていく。連日溜め込んだ睡魔は、思っていたより強力みたいだ。

「・・・・・ねぇ」
「なに?」

「・・・・ん、なんでもない」
「そっか・・・」

眩しい光、逆光を背負った名前は何処か神々しくさえ見える。ただ、表情だけは徐々に読み取れなくなって。


――嗚呼、全てがまるで夢か幻のようにも思えてくる。ただ、この二人で過ごす時間だけが現実であればいいのに。


誰よりも先に口へと運んだ夕食はとても格別な味がして、怒られることも何もかもが、その瞬間だけは恐くなくて。
アダムとイブが食べた林檎も、きっとあれくらい美味しいんだろうって、そう思った。

禁断はそれほど、甘くて切なくて、ひと時の幸せを満たしてくれる。




「・・・・・・ツナ、寝ちゃった?」
「おきてるよ」




――カキィン
記憶の奥で、小気味良いホームランボールが空を飛ぶ。


「・・・みんないなくなっちゃったね」
「うん」


――10代目!名前さん!
爆弾少年が、尻尾を振って光の中を駆けてくる。


「私達さ、世界に二人っきりみたい」
「・・・・・・うん」


黒髪が揺れ鋭い眼差しが俺達を見据え

――馬鹿だね、君らは。

嗚呼、耳鳴りが五月蝿い。


「独りより、二人の方が寂しいのかもしれない」
「・・・・・・・・・」

――お前達だけは生き残るんだぞ。

「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」


揺れる木漏れ日。
はたはた、落ちる水滴。
今日はやけに、晴れた朝。




「・・・・・泣かないで、名前」




そんな この世の終わり


嗚呼、 誰か この静寂を打ち破って




終戦

僕らが口にした禁断は 甘くて切なくて
なんだかとても しょっぱかった




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