「と、いうお話でした」

締めくくりを吐き出すように呟く彼の、栗色の髪がそっと揺れる。
ふかふかの黒髪が視界に入り、規則的な寝息は私の耳に心地よく残った。

まだ幼い私が、栗色の彼に小さな声で言葉を紡ぐ。

――むずかしい話だから、ねちゃったみたい。

パタリと教科書を閉じた彼は、――勉強の邪魔をしたのはお前らだろ――と、苦く笑った。




――立ち込める硝煙と、血液の焼けた火葬場のような匂い。
返り血と土で汚れたシャツ、スーツとはもう呼べぬ代物。
悠長に思い出している余裕なんかなかったのだけれど、何故か彼の教えてくれた物語が脳内を巡っていた。

(今、私は現代で歴史を生きてるんだ)

ボヴィーノは、イタリア中数ある中小マフィアの一つ。
昔から敵意を表明していたボンゴレはまず置き、その間にもあるランクの高いマフィアに牛耳られている。昔からといっても、子供であるヒットマンを相手に差し向けるような、そんなお遊び程度の敵意で。
ボヴィーノは、マフィアと呼べぬ程に優しい、マフィアだった。

しかしその優しさが裏目に出たのか、私たちは上のマフィアという幕府に制裁を受けている。
彼の紡いだ物語をふいに思い出したのは、きっと、今の現状が彼の話に酷似していたからだ。
絶望に身を投げたわけではないけれど、希望は余りにも薄く、脆い。底を尽きそうな勝率は、ボヴィーノというイタリアマフィアの新撰組を未来から遠ざけていた。

『次の抗争で、ボヴィーノは消滅するだろう』

数日前、私だけが呼び出された室内に、響く、ボスの声。
解ってはいたけれど、父と慕った彼に告げられたその威力は、言葉を失くすに充分の威力を持って。

『ファーストネーム、お前がランボを守ってくれ』


私とランボは、同時期に拾われ、兄弟のように育てられたヒットマン。
周りから見れば、ボスがランボだけを愛しているかのようにも聞こえるけれど、これは命令という名の、父親最後の優しさだ。
私たち二人は、絶対に彼を置いて逃げるなんて馬鹿な真似はしない。それは、彼がどれだけ望んだとしても。

だから、彼は苦虫を噛み潰したような顔で、笑うのだ。

私に、あの泣き虫坊やを守れと、遠まわしに、『逃げろ』と。
これがきっと坊やなら、いくら命令と言えど食ってかかったに違いない。だけど、私はそんな事をしないというのが解っていて、私だからこそ、彼は言う。
勿論、私は彼の予想通り、物凄い剣幕で詰め寄ったりなぞしなかった。

ただ、心の内で決めた事が一つ。

――ボス、これが最初で最期の命令違反です。




――ズドン


地割れを起こすんじゃないかという、大げさな、強大な、力の轟音。
揺れた地面は、きっと錯覚なんかじゃない。

「ファーストネーム!!」
「・・・私は、大丈夫」

いつまで経っても変わらないくせ毛と涙目が、震える手でこの肩を掴んでいた。

「我慢、でしょ?坊や」
「坊やじゃないって、いつもいつも・・・同い年だろ?」
「泣き虫坊やは、いつまでたっても坊やだよ」

そう言って笑うと、同じように細められた彼の目から、薄っすらと涙が伝う。
私はそれを親指の先で拭ってやり、ポケットから一枚の手紙を差し出した。

「何、これ・・・・・」
「ボスからの命令。ボヴィーノが危機に陥った時、これをボンゴレの十代目に届けてくれって」
「なっ・・・・・!?」
「反抗は許されないよ。今ランボの目の前に居るのは私。ボスじゃない」

付け足すように、反抗するならボスにしなさい、私が違反で殺されてもいいの?と、笑顔で言い放つ。
するとランボは渋々といった様子でそれを受け取り、震える足で立ち上がった。

「いってらっしゃい」
「・・・・っ絶対、戻ってくるから」
「うん、待ってる」
「約束だからなっ!」

痛む身体に鞭を打って、並ぶように立ち上がった私は、少し背伸びをしてそのくせっ毛に手を伸ばす。
柔らかなその黒髪は、舞立つ砂埃のせいか、少し砂利の感触がした。

「・・・・・・・っ」

走り去る背中に、昔の彼を重ねて見る。

泣き虫だったランボ
飴とブドウには目が無かったランボ
結局、リボーンには勝てず仕舞いだったランボ

君の涙も、君の寝顔も、君の声も、君のあの、弾けるような笑顔も、

君の、少し大きくなった、君の背中も

「・・・・・さようなら」

君だけの、私も。

「ボスも、君も、守るよ」

――その代わりに、もう、会えないけれど。

私は、愛銃を片手に戦場へ走り出した。



『ファーストネーム、お前がランボを守ってくれ』



私とランボは、同時期に拾われ兄弟のように育てられたヒットマン。
周りから見れば、ボスがランボだけを愛しているかのようにも聞こえるけれど、これは命令という名の、父親最後の優しさだ。
私たち二人は、絶対に彼を置いて逃げるなんて馬鹿な真似はしない。

それは、彼がどれだけ望んだとしても。




日本の歴史なんて、ほとんど知らない。だけど、土方歳三が市村鉄之助に託したものは、自分の生き様を証明する為だと、誰かが言っていた。生き様、なんて、立派なものなんかじゃない。私が託した彼に言わせれば、きっと、「フェイクだ」と罵られてしまうだろう。

でも、それはある意味きっと、私の生きた証になる。

兄弟として、
幼馴染として、
家族として、

恋人、として

全てを詰め込んだ、たった一言。




昔、栗色の髪を揺らす彼に読んでもらったお話はとても複雑で、五歳の私たちは理解出来なかった。君は途中で寝てしまって、ふわふわのくせ毛がくすぐったかったのを、今でも覚えているよ。だけど、今度は君にもわかるように、とても短い物語とも言えない、そんな言葉だから、

寝ずに、聞いて欲しい。無理だとはわかっているけれど、できれば、泣き顔よりも、笑顔で聞いて。




「あいしてたよ、ランボ」




終戦

最初で最後の命令違反。
最初で最期に、君へ託した物語。




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