スーパーに行くと、ここ二日で見慣れた人物を美羽は見付けた。
カップラーメンが陳列している棚を、睨めつけるように眉をしかめた男性。美羽は首を傾げたものの、とりあえず声を掛けることにした。


「・・・鵺野先生?」

「ん!?
あ、あぁ・・・美羽か」

「カップラーメンなんか見詰めてどうしたんですか?あ、ご飯まずかったですか?」


不安げな表情になる美羽に、ぬ〜べ〜は慌てて両手を振った。


「いやいや!本当に美味しかったよ!小学生レベルじゃないね、あれは」

「ふふ・・・ありがとうございます。早起きした甲斐がありました」


クスクス、鈴が転がるように笑う美羽。子供らしかぬ妖艶な雰囲気に、思わずぬ〜べ〜の心拍数が上がってしまった。


「(いやいやいや、俺にはリツコ先生という素晴らしい女性が・・・って何小学生にときめいちゃってるんだ俺!これじゃあロリコンじゃないか!)」

「鵺野先生?」


いきなり黙り込んだぬ〜べ〜に、美羽は首を傾げる。その様子に気付いたぬ〜べ〜は、赤くなりそうな顔を隠すようにそむけた。


「ところで、美羽は買い物か?」


聞きながら、美羽の顔に視線を移さぬよう、買い物カゴにずらす。
そこには、おそらく今晩の材料と・・・


「シャンパン・・・?」

「ああ、今日は旧友が来るんですよ。とても久し振りに会うので、折角だし・・・と」

「へぇ・・・でも、未成年じゃないか」

「相手の方は大人ですよ、先生」

「そっか・・・って、(ドンペリゴールド!?)」


ただのドンペリでさえ、見たことのないぬ〜べ〜。
ゴールドといえば、ドンペリの中でも一番高いシャンパンだ。ぬ〜べ〜には、一生かかっても飲むことの出来ない代物だろう。


「・・・よかったら、鵺野先生もうちに来ますか?」

「え・・・いいの?」

「気にしないでください。人が多い方が、楽しいですから」


そうして、ぬ〜べ〜は明日のご飯(カップラーメン)を買うことを断念し、美羽の家に向かうこととなった。




マンションの厳重なシステムには、ぬ〜べ〜もかなり驚いているようだった。エントランスホールでは、


「大理石!?」


と叫んでしまった程だ。
エレベーターを上り、玄関を開くと、中からちっちゃな物体が美羽に向かって衝突した。


「おかえり!」

「ただいま」


白髪の美少年。低学年の子かと思ったが、こんなに目立つ少年を、ぬ〜べ〜は学校で見たことがない。
じろじろ見ていると彼も気付いたのか、ぬ〜べ〜を睨みつけるように見ている。
大きな瞳は、まるでエメラルドとルビーをはめ込んだようなオッドアイ。普通では有り得ない色彩だが、少年の容姿がいい為、違和感はなかった。


「・・・美羽様、こちらは?」

「担任の鵺野先生。スーパーでばったり会ったから、一緒にご飯でもって思って」


上がってください。 美羽にそう言われ、恐る恐る家に踏み入れる。リビングを見た瞬間、ぬ〜べ〜は広や京子がそうであったように、フリーズした。


「ソファに座っててください。紅茶とコーヒー、どちらがいいですか?」

「あ、じゃあ、コーヒーで」

「わかりました。小桃、粗相のないようにね」

「はい、美羽様」


美羽がコーヒーを運んで来るまでの数分。ぬ〜べ〜は針の筵にいるような気分だった。
なにより、少年の威圧感が凄まじいのだ。これで殺気が含まれていたら、ぬ〜べ〜でさえ気絶しそうなほどであった。


「はい、先生」

「え!あ、ありがとう」


いつの間に戻ってきたのか、美羽はぬ〜べ〜の目の前にコーヒーカップを置き、小桃にミルクを差し出す。自分の席には紅茶だ。

美羽が戻って来たことで、幾分か肩の力が抜けたぬ〜べ〜。コーヒーは豆から挽いたのか、インスタントとは比べものにならない程いい香りがした。


「それで・・・」


ぬ〜べ〜が言葉を言いかけたが、美羽は遮るよういきなり視線を外へ移した。少年もそうだ。
二人は殺気を放ち、橙色の空を睨みつけている。
その時、ぬ〜べ〜もようやく気付いた。


「妖気・・・?」

「先生、行きましょう。広君と京子ちゃんが危ない」


美羽の台詞に驚いたものの、それどころではないと思い直し、玄関へ向かおうとする。しかし、そんなぬ〜べ〜の腕を美羽が掴んだ。


「離してくれ!生徒の危険だ!」

「エレベーターじゃ遅いです。こっちへ」


ぬ〜べ〜が美羽に連れてこられたのは、バルコニーだ。下を見れば、点のように見える人間の頭がうろちょろしている。


「失礼します」

「は?」


一言断り、少年がぬ〜べ〜を横抱き(お姫様だっこ)した。
制止の言葉を掛ける間もなく、美羽と少年――そして、生まれて初めてお姫様だっこをされたぬ〜べ〜は、バルコニーから飛び降りる。

その日、童守町には男性の悲鳴が轟いたとか。




緊急落下
命綱なしのバンジージャンプ




2011.02.03



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