その日、鵺野鳴介は宿直で学校にいた。
恒例のようにカップラーメン(三個目)を食べながらテレビを見ていると、宿直室の電話が鳴る。
携帯電話が流布していないこの時代、固定電話は大切な連絡ツールだ。(もしあったとしても、万年貧乏なぬ〜べ〜には買えないのだが)


「はい、童守小学校で・・・『鵺野先生?』

「鵺野ですけど・・・って、もしかして玉藻か?」

『そうですよ』


玉藻というのは、ぬ〜べ〜の友人に近い知り合いで、本名を玉藻京介。外科医をやっている金持ちなのだが、本性は人間に化けた妖狐だ。


「なんだよ?また厄介事かぁー?」

『何ですか?まるで私が毎回厄介事を持ってきているような言い方じゃないですか』

「・・・。(その通りだろ)
で?今度はなんだ?」

『・・・今回は私じゃありません。貴方ですよ、鵺野先生』

「俺ぇ!?」

『はい。忠告・・・いえ、注意をしておこうと思いまして』

「・・・んだよ、何か危ない妖怪でも出るのか?」


先ほどからのふざけたような、面倒臭いというような表情を一変させ、真剣な表情になる。
それもそうだろう。何よりも生徒を愛し、大切にするぬ〜べ〜。自分の可愛い教え子に、何かあったらたまったものではない。


『あの方・・・女王が童守町へ行ったと、報告がありました。接触しても、決して無礼な行動を取らないでくださいね』

「女王・・・?お前の上司かなんかか?」

『正確には、私の上司ではありません。しかし、私など比べものにならない程、あの方は高嶺の花だ。女王自身はとてもお優しい方ですが、彼女に何かあれば・・・幹部達が黙っていないでしょう』

「・・・また厄介な」


電話越しに、玉藻のため息が聞こえる。ぬ〜べ〜は顔をしかめた。


『王子や先輩によると、貴方の鬼の手に興味があるそうです。私も今の仕事が終わり次第、女王にご挨拶へ行くつもりですので』

「まぁ、わかったよ。無礼のないように、な」

『よろしく頼みますよ、鵺野先生』


玉藻からの電話を切り、ぬ〜べ〜は伸びきったラーメンを食べながら考える。
最近身近に起きた変化といえば、白猫を連れた美少女の転校生くらいだ。


「まさか、あの子が・・・?」


いやいや、とぬ〜べ〜は首を振る。
四百年生きている玉藻ですら、頭の上がらない存在だ。あんな小学生の少女なわけがない。

ぬ〜べ〜は気を取り直すように、テレビの電源を入れる。箱のような精密機械のモニターでは、今流行りのお笑い芸人がコントをしていた。




「・・・で、すんげーんだって!」

「いーなぁー!私も行きたかったわ!」

「専用の椅子なんて全部がラビットファーよ!?」

「すわりてー!」


きゃいきゃいとはしゃぐ五年三組。中心で話しているのは、広と京子だ。
何の話かというと、勿論、昨日訪れた美羽の自宅について。
その時、教室のドアがからりと開いた。


「おはよう、みんな」


勿論そこには、白猫を連れた美羽の姿。
渦中の人であった美羽は、一斉にクラスメイトへ囲まれる。

結局、その質問攻撃はぬ〜べ〜が来るまで続けられた。




お昼休みになり、給食争奪戦が始まる。ギャイギャイと広や金田が言い争っている間、(大人の権限で)勝利したぬ〜べ〜の元に、美羽が近づいた。


「鵺野先生」

「ん?あ、美羽か。どうした?」

「これ」


ぬ〜べ〜の前に美羽が差し出したのは、御重箱。しかも三段重ねである。


「・・・重箱?」

「昨日、広君と京子ちゃんに、先生はろくなものを食べていないと聞いて・・・晩御飯にしてください。毎日カップラーメン食べてたら、体壊しちゃいますよ?」

「あ、ありがとォー!!」


喜んで重箱を受け取るぬ〜べ〜。給料日間近であり、今日の晩御飯は抜きかと考えていた彼は、急な施しに涙目だ。


「食に困ることがあれば、言ってください。また作ってきますから」


にこりと少女が微笑むと、再び桜花と梅花の甘い香りがする。僅かに妖気を孕んだそれにぬ〜べ〜も気付いたが、危険性はないだろうと、放っておくことにした。




放課後になり、昨日と同じように美羽、京子、広、小桃の三人と一匹で帰路につく。
今日は真っ直ぐ帰るということだったので、二人とはそのまま十字路で別れた。

二人の背中が見えなくなったのを確かめ、美羽は周りの気配に集中する。

――誰もいないよね。


「小桃、大丈夫だよ」


そう美羽が言った瞬間、腕に抱かれていた白猫は地面に降り立ち、次に現れたのは白髪の美少年だった。


「白狐から連絡があったよ。今日の夜には玉藻が挨拶に来るって」

「京介が?えらい久しぶりだね」

「童守なんか滅多に来ないしね」


二人は歩きながら、他愛もない話をする。


「今日の晩御飯、ハンバーグにしようと思ってるんだけど、小桃もそれでいい?」

「うん!小桃、ハンバーグ大好き!あ、でも玉ねぎは抜いてね」

「わかってるよ。じゃあ、スーパーにでも行こうか。京介にシャンパンも買っといてあげたいし」

「ピンク?ブラック?」

「折角だからゴールドにしようよ。百年近く会ってないんだし」


スーパーにドンペリゴールドが置いてあるのか甚だ疑問なのだが、二人は久し振りに会う旧友の為に、弾むように歩きだした。




再会の布石
しかし、禍は目前に




2011.02.03



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