授業が終われば質問、授業が終われば質問を繰り返していた美羽は、帰る頃には幾分か疲弊していた。そんな様子は、微塵も表にださなかったのだが。 しかし、京子は感づいたのか、放課後を迎える前のSHRで美羽に声を掛けた。勿論、ぬ〜べ〜にバレないよう、こっそりと。
「・・・美羽ちゃん」
「ん?あ、京子ちゃん」
「今日、良かったら一緒に帰らない?広も誘ってさ」
「いいよー。一緒に帰ろ」
「やったぁ!」
質問攻めの中、京子と広は一般的だと美羽は思っている。それに、左手から鬼の妖気をぷんぷんさせている担任――鵺野鳴介のことも、何か知っているだろうことが予想できた。
そうして放課後になり、童守町を歩く三人。帰り際、美羽へ興味津々なクラスメイト達から守ってくれた京子と広に、少なからず好意が湧いた。気の遠くなる程生きてきても、人間の好奇心の強さにはあまり慣れない。
「東京からは、どうして転校してきたの?」
「お母さんの実家が童守町だったの。二人とも死んじゃったし、親戚いなかったから・・・お母さんの町でも見ようかなって」
「そうなんだ・・・なんか、ごめんね」
「いいのいいの、慣れてるし」
勿論、嘘ではない。が、本当でもない。"今"の美羽の両親は数年前に事故で亡くなったし、駆け落ちして結婚した両親には、親戚がいないも同然だ。 でも、それまで美羽は普通に生きてきた。小桃と一緒に。
「大変だったんだなぁ・・・ って、俺達ここで曲がるけど・・・美羽ちゃんは?」
気付けば、曲がり角に差し掛かっていた。生憎、美羽の家は京子や広とは反対方向にある。
「私はあっちなんだけど・・・よかったら、家でお茶でも飲んでく?」
その台詞に二人は喜び、腕に抱かれた小桃は不満そうに「ニャァ」と鳴いた。
「「・・・・・・・・・」」
「どうしたの?二人とも」
現在の美羽の家は、超高級マンションである。これは、東京にいた頃から変わらない。
「こ、これ・・・所謂、億ションってやつ・・・?」
「すごい・・・」
「美羽ちゃんって、こんな所に住んでんのか・・・?」
「そうだよー。親の遺産が結構あったからね」
((結構ってレベルじゃねぇ!))
ロックを外し、エントランスに入る。京子と広が白い大理石で出来ている床をしげしげと眺めている間、美羽は郵便受けのポストから三通の手紙を取り出していた。
「あ、広君!エレベーターはそっちじゃなくて、こっちなの」
「へ?でもこのエレベーター・・・鍵ついてるぜ?」
美羽が指す三つのエレベーターの内の一番左側は、確かにロックがついている。美羽は苦笑し、理由を説明した。
「これは最上階・・・家に直通のエレベーターだから、家の住人と昔からの友達にしかロック番号教えてないんだ」
そう言いながら、美羽は軽々とロック番号を押していく。最後のEnterを押せば、エレベーターが起動する音がした。
「・・・・うわぁ」
「すっげー!俺達こんな所初めて入った・・・」
感動している二人に、美羽は微笑み、小桃は鼻を鳴らす。
最上階に辿り着くと、今度は玄関の鍵だ。美羽は黒い板のようなものに、アメジストの瞳を近付ける。
『認証しました』
声と同時に、カチャリとドアの鍵が開く音。
「え、ちょ、今のなに!?」
「生体認証・・・バイオメトリクスだよ」
「ばいめおりとくす?」
「バイオメトリクス。この場合は、網膜と虹彩で人間を確認してるんだ。住人と、許可した人間以外入れないように」
「すげー・・・」
開いた口が塞がらないというように、呆然としている広と京子。二人の驚きっぷりに美羽はクスリと笑い、室内へと案内した。
エントランスのように、大理石で出来た玄関。フローリングの廊下を歩き、通されたリビングはこれまたすごい。
「今飲み物持ってくるけど、何がいい?」
「私はなんでも」
「俺、コーラ!」
「了解、その辺に座って待っててね」
そう言って、キッチンだと思われる方へ行ってしまう美羽。 高級そうな、深い赤色の皮張りのソファ。こちらも高級そうなガラステーブルの反対側には、一人掛け用の白い毛皮の椅子らしきものが置いてある。
「座れって・・・どこにだ?」
今まで見たことのないそれらの家具に、呟いた広の言葉へ京子も同意した。
「・・・あれ、二人とも立ってないで座りなよ」
「美羽ちゃん・・・」
美羽はおぼんに乗せたティーセットとコーラ、灰皿を置くと、毛皮の椅子にもふっと座る。 どうぞ、と彼女にうながされるまま、フリーズしていた京子と広は皮張りのソファに並んで腰を降ろした。とても、慎重に。
「はは、そんな緊張しなくていいよ?引っ越し祝いで貰ったソファだし」
「美羽ちゃんが座ってる椅子も?」
「そうだよー。 知り合いが店のVIPルームでこれと同じ椅子に座っててさ、いーなーって言ったら特注してくれたんだ」
「「へ、へー・・・」」
手慣れた手つきで紅茶をいれ、ソーサーと共に京子の前に置く。広にはコースターと、コーラの入ったグラスだ。
「これ、砂糖とミルクね」
「ありがとう」
見れば、食器類まで高そうである。 そこで、京子はとあることに気が付いた。
「ウェッジウッド・・・!? じゃ、じゃあ広のグラスって・・・」
「バカラだね」
「ん?そのうぇ・・・なんとかとばからってなんだ?」
蒼白した京子は、何もわかっていない広を肘で小突く。
「食器のブランドよ・・・!すんっごく高いんだから!」
「マジで!?お、おれ・・・コーラが高そうに見えたの初めてだ・・・」
すっかり萎縮してしまっている二人に、美羽は微笑み、「気楽にしてよ」と言った。
((できるわけない・・・!))
京子と広の気持ちがシンクロした瞬間だった。
大分、二人の肩が抜けてきた時、美羽はバッグからキセルを取り出し、火をつける。先ほどから驚きっぱなしだった二人は、キセルに対して何も突っ込まなかった。 むしろ、
(絵になってる・・・)
とさえ、思っていたほどだ。
「そういえば、鵺野先生って、なんか色々すごいんでしょ?」
「ああ!俺らが悪い妖怪とか悪霊に絡まれた時、いっつも助けてくれるんだ!鬼の手で」
「鬼の手?」
「ぬ〜べ〜は左手に鬼を封じ込めてるのよ。実際に制御してるのは、ぬ〜べ〜の恩師の先生らしいんだけど」
「へー・・・すごい霊力があったんだね、その先生」
美羽が感心していると、京子が首を傾げる。
「・・・もしかして、美羽ちゃんもそういうのが見えるの?」
「え?うん、見えるよ」
「マジで!?」
「まじまじ」
あっさり暴露されたそれに、広は危うくグラスを落としかけた。貧乏根性で踏み止まったが。
「じゃぁ、お祓いとかは?」
「お祓い・・・とは違うけど、似たようなことはできるね」
「すげー!霊能教師と霊能生徒じゃん!」
「あはは、そんなすごくもないよ。生れつきだし」
苦笑する美羽とは裏腹に、広と京子の瞳は輝いている。
「俺、美羽ちゃんのお祓い見てみてぇー!」
「わ、わたしも!」
「うーん・・・もうすぐ見れるんじゃないかな?」
「「え?」」
微笑む美羽に首を傾げる。美羽は小桃の白い毛並みを撫でながら、譫言のように言葉を漏らした。
「逢魔ヶ刻が来るからね」
高級少女 (実力を見せて貰いましょうか)(鵺野先生?)
2011.02.03
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