月影ハイライト(雲雀)
「もう…せっかく楽しみにしてたのに…なんで駅に着くまでにあんなに時間がかかったの……?結局…結局着くのが……夕方になっちゃったよーー!!」
「でも、貸切のプールなんて素敵、めいいっぱい泳げる!!嬉しい!!」
「恭弥ってば、いいじゃないもう。せっかく来たんだもの。着替え終わるまでに機嫌直して。ね?」
次から次へと言葉を並べて、僕の分の水着を僕に手渡して、さっさと更衣室に入ってしまった。
「なんで僕の水着を持ってるの…?」
閉まったドアにぽつりとつぶやいても、ヒバードが、
「ヒバリップールデデート!!」
とはしゃぐだけで、くだらない気がしてきてやめた。他に人はいない。
貸し切りのプールで、デート。
群れてる奴らにとって、プールでデートというのはいいものなのだろう。
僕には分からないけれど。
そもそもこの肌寒い季節に名前が「プールに行きたい」なんて言い出すのが悪い。
はあ、とため息をついて更衣室に入る。
水着、か。
自分がこんなもの持ってたことも覚えていなかった。
名前にねだられるとどうしてもかわいくて、かなえてあげたくなってしまうなんて、絶対に言えない。
今回だってにっこりとお願いされたものだから、つい言うことを聞いてしまった。
しかしこの季節だ。
少々骨も折れたが、ツテのある屋内の温水プールを貸し切った。
名前と一緒とはいえ、他の群れた生き物と水につかるなんてまっぴらごめんだ。
でも。
今日は貸切のプールで、名前と二人きりで。
いつもは、二人で出かけるといろんな邪魔が入って、僕が戦ってばかりなのが、名前は気に食わないらしい。
彼女念願の「邪魔の入らない」デートだし、少しは楽しめるんじゃないだろうか。
プールサイドに出ると、誰もいなかったのでぐるりと見渡す。
「!」
ぱしゃん、と音を立てて水の中から名前が現れた。
「あ、恭弥だ…。遅かったね」
そう僕に声をかけて、首をかしげて見せる。
「名前が早いんだよ。もう泳いでたの」
「うん。…急いで着替えた」
水から身体を引き上げて、名前がプールサイドにひざを折って座る。
「……」
「あ、あのね、水着、夏に買ってたんだ…」
「?」
「でも…夏、着れなかったから…。わがまま言って、今日はその、ごめん…」
そういえば僕が忙しくて夏はどこにもいかなかった。名前にも我慢をさせていたのか。
僕を恐る恐る覗き込む、少し不安そうな顔。
その白い肌から、黒い髪の毛から、水滴が流れてくる。
水は、泳いだ後の、ちょっと赤い名前の頬を伝って、首筋から、胸元に……。
「…っ…」
思わず目をそむける。
「恭、弥?やっぱ、怒ってる…?」
少し近づいてくる名前に、うろたえる。
いつの間にか陽は落ちたようで、ガラス張りの天井からは月の光が差し込んでいた。
透き通るような、名前の綺麗な肌に、髪から落ちてきた雫はどんどんとこぼれていく。
透明な雫が、銀色の光を受けて、なまめかしく光る。小さな水の粒が、プールサイドの床に落ちる。
その音が、僕たちが二人きりなのを、改めて自覚させてきた。
月明かりは、撫でるように彼女の肌を照らす。
その情景は、僕の感情をこんなにも煽る。
「…恭…わっ…!!!」
名前を抱きしめる。
まるで、月の光に触れさせないようするかのように。
「…どうしたの?」
「名前。君は僕だけのもので。君とつながる、僕以外のすべてのものを、断ち切りたいと、…たまに思ってしまうよ」
「えっ…」
僕にとっては月明かりでさえ、嫉妬の対象だ。
それを言えば、君はまた調子に乗るだろう?
「…」
「…っ」
だから何も言わないでキスをした。
塩素の香りが混ざった、冷たいキス。
「ん…恭弥。あの…」
「何」
「……好き」
「…僕も」
そのままじゃれ合いながら、2人で床に倒れこんだ。
唯一、僕らを見下ろす月に、僕らの仲を見せつけるように。
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