君好み(柿本千種)
黒曜ランドに足を運んだけれど、そこにいたのは、たった一人…。


「千種…」

「ああ、名前。どうしたの?骸様たちならいないよ」

そういって、いつものように気だるそうにこちらに視線を向ける。
千種はお留守番なのかな、一緒に行動してないなんて珍しい…。

「紅茶くらいなら入れるよ」
「あ、ありがと…」


かちゃり、とカップを用意してくれる音がする。


に、しても…。好きな人と2人ってこんなに緊張するものなのかな…。
後ろ姿しか見えないけれどすごくドキドキする。


めんどい、が口癖だけど、すごく優しくて、一緒にいるととっても落ち着く。

いまだってめんどくさがらずにお茶を入れてくれてるし…。

「あ、お菓子持ってきたの。みんなの分もあるんだ。よかったら食べない?」

「…ありがとう」

私の前に座った千種にマドレーヌを差し出す。

ポツリと礼を言って、彼は袋を開ける。

その器用そうな細い指先の動きさえ私をくぎ付けにする。

「――…っ…。」

かあ、っと頬が熱くなり、あわてて紅茶をすする。
…うん。私好みの、甘さ。


「千種って紅茶の入れ方、上手だよね…」

「そう?」
「うん、それにお砂糖の量も、なんていうか私が一番好きな甘さになるくらいに入って
て…。千種の入れてくれるお茶、好きだな…」


千種が、好きだな。

そうは言えない代わりに、ちょこっと言葉を付け加える。

紅茶に入れる、お砂糖みたいだと思った。甘さが抑えられるわけだから、反対の効果。 

そりゃあ名前好みの甘さに合わせてるから…」

千種がそっと目線をそらして何か言った。

「え?なんか言った…?」

「…別に」

「なになに…。気になるよ…」

「だから……。…」

「なによ」

「めんどい」

「なーっ!待たせて言わないなんて!」

いつもの一言でさっと目線をそらす千種。



…ほんと、何て言ったんだろ。

「あ、そういえばこの間凪と一緒に買い物に行って…」

どうしても教えてくれないからしょうがなく次の話題に移る。

返ってくるのはそっけない相槌だけど、それでも彼との会話は楽しい。



ちょっと一段落して会話が途絶え、しばらくしてからだった。

「ごめん」

「え、千種…どうしたの?」

「名前も、俺が相手じゃ…つまらないだろ。悪いタイミングで来たな。
骸様たちも帰りが遅くなると思うし今日は…」

「あ、いや…そ、それは違…うよ、私…千種に会いたくて来たし…。…あっ…!」



しまった…。
2人きりだからかなんだか知らないけど思わず恥ずかしいことを私は…!


「え…、…俺…?」

やっぱり千種も意外だったみたいで、彼には珍しい、呆けた顔をしている。

「えっと、違…くはない、デス!!あの…その、ですね…。うん、と…」

言い訳とかを考えたせいで歯切れが悪くなってしまった。

やりきれなくてちらっと上目づかいに千種のほうを見ると、顔を背けていた。

うん、めんどいよね…。

「(あ、れ……?)」




でも、気が付いた。

頬が少し赤い。

千種の指が落ちつきなくマドレーヌの包装紙を弄る。



あ。

「千種」

「…なに」

「…千種と一緒にいると、楽しいよ」

「…」

「その、骸様とか…犬とか…。もちろん、凪とか…みんな大切で、大好きだけど」

一息おいて、一気に伝える。

「同じ『好き』も、千種は、少しだけ違う気持ち、だな」

「…、」

「…っごめん、私もう帰る…!」

どうしよう、恥ずかしすぎる!

あわてて立ち上がると、椅子の足に引っかかって、ぐらっと体勢をくずしてしまった。

「わ、…」

「名前…」


間一髪で千種に抱き留められる。



え。

「…千種!あり…」

「…れも」

「へ」

「俺も、名前は、他の人とは違う『好き』だから…」

「っ…!!!!!???」

「…」



嘘じゃない。

そっけなさは同じでも、いつもの会話とは全く違う、あまりに甘い言葉。

「あ、千種…。顔真っ赤だ」

「…名前もでしょ」

「そ、そりゃそうだけど、なんか新鮮、かも、千種の、それ…」

頬に触れると、またいつもの”めんどい”顔。

「…」

更に言葉少なになる千種が愛おしくて。


「いっつも名前は俺の…一歩前にいる…気がする」

「え、どういうこと?」

「…こっちは俺から…」


私の頬に、触れたもの。
千種だって、唇は柔らかい。…よね。


さっき飲んだ紅茶の香りがして、あぁ、これくらいの甘さもいいな、だなんて思ってしまう私は。




更に貴方の虜に、成ってしまうんでしょうか。