金魚姫(山本武)
久しぶりに武の家に上がらせてもらうことになった。
お父様にご挨拶をして、武の部屋に入れてもらう。
何回か来てはいるんだけど。
お家デートはやっぱり緊張する。
「あ、ありがとう」
「ああ、いいぜ」
武がジュースを持ってきてくれる。
ああ、ドキドキだけど、落ち着くなぁ…。
ふと壁のほうを見ると、この間来たときにはなかったものが置いてあった。
金魚鉢。
「あ、あの金魚…」
「ん、これ。林檎、覚えてるかー?先月の夏祭りの時の」
「うん、覚えてる。私が取ったけど飼えない言ったら引き取ってくれたんだよね…」
「ハハ、飼えないのに3匹も取っちまうもんなー、焦っちまったよー」
「う…。で、でもよかった、武が飼ってくれて。甘えちゃって申し訳ないけど、さ」
「おう、気にすんなって。けっこうこいつかわいいからさ」
ニカッと笑って武が金魚鉢をコツ、とたたくと反応して金魚がぐりっと金魚鉢の中を泳いで回る。
「真ん丸でかわいいよね、金魚って」
「そうだなー」
真っ赤な尾ひれがひらりとなびく。
小さい金魚なんだけど、くるり、くるりと小さな鉢の中を泳ぐ姿はとっても優雅だ。
見つめていると、一瞬だけ鉢の中の金魚と目があった。
あの小さな鉢の中で、いったい何を考えてるの?
「…」
「どうしたんだ?」
「ううん、この子は…ずっと、この小さな鉢の中を泳ぐんだね…」
「…?」
「あ、いや、他の場所を知らずに、一生をここで過ごすんだなぁ、となんとなく…」
柄にもなくセンチメンタルになってしまった。
恥ずかしくなって顔を伏せる
「あは、ごめん。そんなこと言ったって私が取った金魚なんだけどね!!今の、忘れ…」
「なるほどなー…。でもな…。それはこいつだけじゃないかもしれないぜ…」
「へ…」
言葉をさえぎられて、突然、ふわっと武に抱きしめられる。
武は大きいから、当然私はすっぽりと包みこまれる形になる。
耳に武の息がかかると、緊張が増してしまって、うまく息ができなくなる。
「お前もだ」
「武…」
「他の奴なんかのところで泳がせねーからな」
顔が、体が、熱くなるのを感じる。
「わ…わかってる。私だって!」
「ん?」
「私だって…ほ、他の女と一緒に泳ぐほど、甘くはないんだからね…っ」
「ハハハ、俺にそんな余裕はねーって。大丈夫だ…」
ちゅ、と頬に落とされるキスが嬉しくて、
背中に回した手に力を入れる。
すると、それに応えてくれるみたいに、武も肩を抱いてくれる。
広い背中にするりと掌をふれる。
離れたくない気持ちになっちゃう、不思議な温かさ。
「ふふ…」
「今度はなんだー?」
「ううん、私が金魚だったら恵まれてるなーと。こんなに素敵な人の中で、泳いでいられるって」
「…そっか!」
「うん、武に飼われるなら金魚も悪くないんじゃないかな」
「ハハッ。飼うってお前、ちょっと違くね?」
武にツッコまれて、へへへ、と笑いながら横目でちらりと金魚を見ると、相変わらずひらひらと鉢の中で舞っていた。
なんか照れるなー、と言いながら、武はまたぎゅっと抱きしめてくれた。
負けずにぎゅっと抱きしめ返すと、バランスを崩して2人で床に倒れこんでしまった。
そのまましばらく笑いながら抱き合う。
こんなふうに。
これからも貴方だけと一緒にいられますように。
絶対にその鉢から、落とさないで。
次