すなあそび(ロー)
もともと私は早起きなんてできない身体で。
「…ん…」
一度寝てしまえば、なかなか目が覚めないし、寝起きもよくない。
だから、眠たいのを起きたまま我慢して、日が昇る前に自分の部屋に帰る、というのが私の通常運転だった。
ただ、柔い寝具の中で感じる彼の体温は、やっぱり心地がいいから、たまにうっかり寝落ちすることもある。
そういう時は、気づいたら彼の布団で一人きりなのだけれど。
今日も、そのうっかりの日。
「…まじか」
外が明るすぎる。寝すぎた。
背中が熱いし、がっしりおなかに腕を回されていてちょっと苦しい。
あれ?いなくなってない…っていうか、まだ寝てる?
「ロー」
珍しいなと思い、そっと彼の名前を呼んでみるも返事はない。
「…」
別に。
彼は、恋人じゃない。
片思い、つまり一方通行というには、私は満たされ過ぎていて。
ただ、通じ合ってもいない。
子どもの砂遊びで言うところの、砂山のトンネルを思い浮かべる。
山の麓を両端から掘って、右手と左手の指先がきちんと触れる。
子どもの小さな手は、これをするのがきっと上手だ。
私たちの手は、脆い砂を扱うのには少し大きすぎるのかもしれない。
子どもの遊びとは違う。
でも、これは大人の遊びなの?お酒の勢いで始まった、ただのお遊び?
私のお腹の上にあるローの手に、自分のものを重ねる。
もう見なくてもどこに何の刺青があるかわかる。
―見えるように、分かる。
いつまでも私の手と彼の手が、砂山の中で触れ合わず、絶えず砂を掻きまわす。
「…」
しかも、必死で掻きまわしているのは私だけ。
「ロー」
「………起きたか」
「…おはよう、ロー」
目が覚めたローに背中を向けたまま、挨拶をする。
珍しいね、というと、
「…まだ…お前から言われるべきことを、聞いてないからな」
と返された。
…こういうところが、ずるい。
眠たそうに、「起きるまで待っていようと思ったんだが」と続く。
「ってことは、日付変わる前に寝ちゃったんだ私…」
ベッドに入ったまま何もせずに。
日付の変わる前に寝れば、さすがに起きられるだろう…、なんて思って、油断したのだった。
たしかに昨日は鉢合わせした海賊船と戦闘があったけれど、私は体調が悪いところを出ていこうとしたら、みんなに止められたから参加していないのに。
「ロー」
「なんだ」
「お誕生日おめでとう。ごめんね、寝落ちしちゃって…」
ぐるりと正面を向いて、そう伝えた。
ふ、と笑ったローが、今度は正面から私を抱きしめる。
素直じゃないけど、喜んでいるのが分かる。
「ロー」
「なんだ」
苦しい、と、彼の胸に顔をうずめたまま、こもった声で訴えると、更に力がこもった。
この、天邪鬼。
ぐちゃぐちゃと、無邪気に、残酷に。
皮肉だけれど、まるで子どものように、彼は私の心をめちゃめちゃにしてしまう。
「それだけか」
突然そう尋ねられて、身体が固まった。
何よ、それ。
私はこみあげてくる何かをぐっとこらえて、答える。
「それだけよ」
そう、それだけ。
当たり前じゃないの。私が、何も望まないように。
ローは知っている。
私がずっとローのことを想っていること。
そう、中途半端な関係の続いている今でもまだ。
そうやって私は、何も望まずに、貴方と共にいること、たったひとつそれだけを選んでいる。
貴方もそうであるはずよ。
暇つぶし?欲望?
ローが望んでいるのは私にはわからない。
でもそれを埋め合わせているのは、今はとにかく私なんだ。
それだけでいいの。それだけの、こと。
なのにどうして。
「マリー」
「それだけ、…」
涙なんて、今更。
「…そうか」
「ごめんなさい、…お誕生日なのに」
短く返答したローに、私はつい謝った。
そうか、だなんて、この期に及んでやっぱり冷たいよ。
自分の部屋に戻ろう。
…面倒だと思われるのは、怖い。
そう思ってローの腕を抜けて、ベッドから起き上がろうとすると、「待て」という声があがって耳元に口が寄せられる。
「おい」
「……な、に…」
「…いや…」
聞き返したけれど、私のことを腕に閉じ込めたまま、彼は黙りこくってしまった。
沈黙すら気まずくない関係なのに。
満たされるたびに、欠けているものが浮き彫りになっていく感覚。
だからこそ、だ。
なんだかんだ期待して、「やめられない」私がいる。
「…」
「ロー、あのね」
ああ、これは大人のすなあそびなんかじゃない。
「…プレゼント、何がいい?」
大人のふりをした、馬鹿な2人の、恋人ごっこなのだ。