瞳は映すよ(マルコ)
「あの……すみません!」

お誕生日ですか、今日。


最初は大声で呼び止めてきたくせに、そのあとに続く質問は、ギリギリ聞き取れるか否かくらいの小さな声。

「俺か?」
「え?あ、はい」
「まぁ、そうだが…」

しかも、誕生日とは。
きっと今の自分は、照れることもできず、何とも言えない顔をしているのだろうなと思いながらも、切れの悪い返事をする。

「マルコさん、えっと。おめでとうございます」
「…ありがとよい」

落ち着かない様子で、そう伝えてきたのは、若い女のクルー。
同じ船の上で生活した時間も短くはないし、自分の隊でなくとも話くらいはする。

でも。
偶然誕生日を知っただけからと、朝早くから探してもらえるほどに、親密だった覚えもない。

そんなマリーが、いったいなぜ、俺の誕生日を。

「しかしマリー。お前、誰から聞いたんだ?」
「え!?サッチとかが、贈り物を用意していると話していたので…」

俺の当然ともいえる質問に対して、なぜひどくびっくりしたのか。
そしてサッチは呼び捨てなのか。
…しかもそれたぶん、サプライズじゃねぇのか?

色々引っかかったが、拾わずにそのまま会話を続ける。

「それでわざわざ俺を探してたのかい?」
「えっ、すみません」
「あーいや、迷惑とかじゃあなくてな」

この感情は、戸惑いだ。
日頃から、あまりにも普通の女の子みたいな顔で、親父の船に乗っている彼女に、なんとなく違和感を覚えていたのだ。
…決して、女だからナメているとか、馬鹿にしているとかではなく。

そんなふうに、距離感がつかめないままの、微妙な空気の漂う関係だと、自分では認知していた。
それだけに今の状況は、やはりほんのり落ち着かないのだろう。

「…んー(気後れ、か)」
「?」

俺はこの女の子に、いったい何をビビっているのか。
少女は、不思議そうな、不安そうな顔をして、こちらの様子をうかがっているようだ。

「まあ、こんな年になっても、祝ってもらえんのは嬉しいねい」
「そ、そんな。プレゼントだってしたいくらいです」
「やめとけ、お前から祝ってもらいたい奴が殺到して、お前が破産しちまう」

冗談でそう言うと、困ったように「な、ないですよ…」と言って笑うので、ついうっかりマリーの頭に手が伸びる。
ああ、子ども扱い、女扱いが、海の上で生きる覚悟をしている彼女を、多少は傷つけてしまうのはわかってはいるのに。

「何か、ほしいものはないんですか?」
「…」

頭を撫でられて、顔を赤くしながらも、食い下がってくる彼女に、どう返そうか考える。
欲しいもんなんて、思いつかねえしなあ。

さて、どうしたものか。
ようやく血液と酸素が巡りだしたらしい、朝っぱらの頭を、必死に回転させる。
が。

「じゃ、デートだな」
「えっ!?」

…ダメだ。考えても考えても年上のセクハラにしかならない。
驚いたというよりも、少しうれしそうな空気を出している彼女の声色にも、もはやツッコむ気にはならない。
なんだいそりゃ。

「次の島で。それでいいだろい」
「そ、それでいいの…?」

おいおい、それでいいのってなんだ、何を求められると思ってたんだ?
でも、一瞬敬語が抜けたなこいつ。
彼女の一言一言に、いろんな考えが浮かんでいることに気が付いて、頭を横に振り振り、思考を戻す。

"冗談だ、まあせっかくの申し出だし、島に着いたら2人でメシでも行くかい"

俺も男だ。
彼女がきっかけとはいえ、こちらから誘ったほうが格好がつくだろう。
そう思って、口を開きかけたときだった。

「あー、」
「じゃあっそれで!」
「うん?」

おとなしげで遠慮がちな口元から、珍しく勢いのいい言葉が、飛び出てきた。
思いがけず気おされて、返事をしてしまう。

「お、おう」
「はい!」

ここで、ようやく俺は、眼下の少女と目が合った。
その瞳は、心なしかキラキラしているようだ。
今日まで全然、気が付かなかった。
彼女はこんな目で、俺を見ていた。
彼女のこんな目が、俺を映していた。

年上だから?クルーとして先輩だから?
ああ、違う。
こいつは、俺に気があるのか。

「?」
「…」
「おーい!!探したぜマルコ…あれ、マリーじゃねぇか」
「サッチ」

呼ばれた俺よりも先に、マリーが振り返る。
にやついたサッチが、こちらに向かって何かを投げてきた。

「ほれよ」
「?重てえ!」
「驚いたか?お前今日誕生日だろ!今年はなんとなく覚えてたからな。この日のために用意してたんだよ!」
「あぁ、驚いたよ…」

得意げなサッチに、こちらもにやにやしながらそう答える。
まさか隣で、「あっ…」みてぇな顔をして突っ立ってるマリーによって、このささやかなサプライズが台無しになっていることは、知る由もない。

「お前、酒の瓶投げたのか…いや悪いな、ありがとよい」
「また一個おっさんになったなマルコ」
「うるせえよい…」

ちらりと横を見ると、また彼女は困ったように笑っている。

「おおなんだ、マルコ。いいもんもらってんじゃねぇか」

振り返ると、寝坊した奴やら朝飯を済ませた奴やらが甲板に集まって来ていた。

そうだ。
サッチの言う通り、この年になると誕生日なんてもんは、ひとつおっさんに近づくだけの、そんな目安でしかなくなってしまう。
だが。

「賑やかになりそうですね」
「お前が一番最初だよい」
「あっえっ…き、気合入ってるみたいで恥ずかしい…」


朝一番に俺のことを考えてくれる女がいるのは、案外悪くないのかもしれない。


「サッチ、ごめんなさい」
「?なんだ急に」