ソウイウトコ(福富)
「椎名!」
私を振り向かせたのは、やけに慌てた、寿一の声。
『んー?』
「お、お、俺は…その、」
若干息が上がっている。何をそんなに焦っているの?
『よしよし、落ち着いてー。どうしたの?』
そう言って、彼の頭に手を伸ばす。
背伸びをしないと、頭を撫でられないな。
「椎名、好きだ」
『お、おぉ…』
彼の頬の赤みが、私に伝染する。
寿一の実直さは、厄介だ。
「その、ロードと同じくらい大事にしている」
『ほ、ほんと!?』
「!!」
ぱっ、と顔をあげる。ロードと同じくらい?
寿一の、自転車への愛を知っている私にとっては、何よりの口説き文句じゃないか。
『う、嬉しいデス…でも…』
「…」
『えーっと、いきなり、―何?』
単純な疑問を投げかける。
だって、普通言わない。
好き、も、大事だ、も、たくさん言えばいいってもんじゃないという見解は、
彼と私との間で一致しているらしい。
「…チームメイトに」
『はいはい?』
「自転車ばかりだと、椎名に愛想を尽かされてしまうと、言われた」
『……』
「…」
『…ふっ…』
大真面目な「鉄仮面」に、悪いと思いつつ笑ってしまう。
からかわれてやんの!
『じゅ、寿一、誰それ、冗談のつもりだよ、あははは!』
「椎名、だ、だが…」
『ヤバい、待って、ちょっと待って…!』
両手で顔を覆って大笑いする。だめだ、顔が元に戻らなくなりそう。
ようやく落ち着いて、今度は私が息が上がっていた。
ふう、と息を吐いて、寿一を見上げる。
『…好きだよ、そういうとこ、寿一』
「…そうか」
『うん。安心した?』
「ああ」
『そういうわけで、今後ともぜひ自転車と同じくらい愛してください?』
「…もちろんだ」
『うん、合格!』
にぃ、と笑うと、少しだけ寿一が微笑んだ。
まったく、彼の愚直さは厄介だ。
ますます私を、虜にしてしまう。