辿り着く場所

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『……わたし、あなたのベースはすごく好きだわ』





昨日言われた言葉が、また脳裏に蘇る。無意識に舌打ちが出てきた。これで何回目だ、くそ。ベースを誉められるのには、慣れてるはずだってのに。
昨日はたまたま仕事帰りにふらふらとあのハコに寄っただけだ。なのに、まさかベースを弾くことになるなんて思わなかった。人が足りない、とか言ってやがったが、あれはどう考えても配慮の足りないマネージャーのせいだろう。そんなに有名じゃない歌手だったが、報酬もそれなりだったし時間もあって、おれはその仕事を引き受けた。

その時聞いた歌は、正直言って圧巻だった。何で売れてねぇんだと疑問に思うくらいだったが、考えてみればそんなのはこの業界ではザラにある。テクニックだけじゃねぇ、あいつの歌には、想いが詰まっていた。おれの目指すロックじゃねぇが、それでも確かに感じた。揺るぎない何か。言ってしまえば、おれはそれに、一瞬で魅力されちまったってわけだ。





「……みょうじなまえ、か……」





無愛想な女かと思えば、ステージに立った瞬間、別人のように笑っていた。力強く大人っぽい歌声と、凛とした姿。さっきから、頭にこびりついて離れねぇ。





「………くそ、何だこれは…」





ミニライブが終わった後に、礼を言いに来たあいつ。火照ってほんのり赤く染まった頬を俺に向けて頭を下げたかと思えば、顔を上げた瞬間、初めて会ったときには見せなかった笑顔を浮かべていた。





『正直、あまり黒崎さんのことは好きではありませんでした。けれど、わたし、あなたのベースはすごく好きだわ。機会があればぜひ、また一緒に』





おれは、机にあった名刺をひっくり返した。裏には電話番号が書いてある。これは何だあれか、電話しろってことか。素っ気なく乱暴に書かれたこの番号。用事もねぇし連絡する意味もねぇが、ずっと机に置いてあったから、もう番号は覚えちまった。まぁ覚えてしまえば、いつでもこっちから連絡でき………いや、何を考えてるんだおれは。

………あぁ、何だこれは。苛々する。おれらしくねぇ。





「…………くそ、」





こんな時は、ベースを弾くに限る。気が済むまで掻き鳴らせば、いつの間にかもやもやは消えてるもんだ。ベースに手を伸ばして、座ったまま構える。少し迷ったが、おれは昨日演奏した曲を弾くことにした。

ベースを弾いていると、あいつの歌を思い出した。あの時感じた興奮もよみがえってくる。あぁ、いい曲だ。あいつの声は、すげぇ心地いい。





『機会があれば、また一緒に』





気が付いたら俺は、ベースを弾くことをやめていた。視線の先には、携帯電話。

機会があれば、か。普通に考えて、あいつとおれがもう一度共演する機会が訪れることなんてねぇ。とすれば、機会は作るしかねーじゃねぇか。面倒くせぇ、なんでおれがわざわざそんなことをしなくちゃなんねぇんだ。……だがそうだな、あいつの歌とおれのベースの相性はばっちりだった。もう一度演奏すれば、もっと……。

自然と手は携帯電話を握り締めていて、ディスプレイにはあいつの電話番号が表示されていた。いつの間にこんなことに。無意識にも程がある。





「…………チッ、こうなったら……」





やけくそになって、おれは通話ボタンを押した。そうだ、あいつが出てこない可能性もある。うっかりあいつが番号を書き間違えていて、違うやつが出る可能性だってあるんだ。
速まる鼓動と、滝のように流れる汗。おれは、緊張してなんかねぇ。気まぐれで電話してやってるだけだ。





『…………はい、もしもし。みょうじです』

「!!」





スピーカーからあいつの声が聞こえた瞬間、おれの心臓が音を立てて鳴った。ごちゃごちゃ考えていたことも、全部吹き飛んでいった。何だ、これ。驚きすぎて声が出てこねぇ。





「………っ……」

『…………あの……』

「……………」

『………もしかして、黒崎さん?』





こいつに名前を呼ばれただけで、おれは一瞬息が止まった。もう訳がわからねぇ、どうしておれは、こんなに……。
だが。





「………もう一度、てめぇの歌を聞きてぇ」

『!!!』

「だから、電話した」





いろいろ考えてはいたが、おれがこいつの声を好きなことは、確かだ。





『……………実はちょうど、ベースが弾ける人を探していたんです』





おれが珍しく正直に自分の気持ちを伝えたら、こいつは少し嬉しそうに、次の機会の話をし始めた。







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もしおれがあの時電話していなかったら、と考えると、頭が真っ白になりそうになる。
おれの肩に寄り掛かって寝ているなまえの頭を優しく撫でてやると、少しだけ声を洩らした。気持ち良さそうに寝てやがる。おれがこんなこと考えてるなんてのも知らねぇで。


後から聞いた話だが、なまえが名刺の裏に自分の電話番号を書いたのは、本当に気まぐれだったらしい。よく考えてみれば、当たり前だ。もし出逢った奴等全員に番号を渡しているとしたら、やってることはホストと変わらなくなっちまう。でも、おれはその気まぐれに感謝している。そのお陰で、今こうやってお前の隣にいられるんだからな。





『…………ん……寝てた…』

「おう。おはよ」





子どものように目を擦るなまえが、不意にこっちを向いた。その瞬間、ふにゃりと顔をほころばせる。





『ふふ、起きて一番最初に蘭丸に挨拶されるなんて幸せ。おはよう』

「………お前、起きて早々よくそんな小っ恥ずかしいこと言えんな」

『嬉しいくせに』

「んなわけあるかよ」





まだまだ素直になんてなれねぇが、それでも、お前が笑ってくれるから。





「…………好きだ、なまえ」





たまには正直になってやってもいいか、と思った。




















辿り着く場所
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Finally, I reached your side.










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