初心、忘れるべからず。

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最近、トキヤの様子がおかしい。
一昨日も、一緒に部屋にいて、トキヤは本を読み、わたしは漫画を読む、といういつもの時間を過ごしていたのだが。





「……なまえ」

『んー?』

「………何でもありません」





こんな会話を何度も繰り返したあげく、トキヤが話し始めたのは、この前道を歩いていたら10円を拾ったとか近所に新しい家族が引っ越してきたとかいう、心底どうでもいい話だった。



かと思えば昨日は、学校が終わって二人で残って課題をしている時にしきりにわたしをちらちら見ていたかと思うと、トキヤは手を出したり引っ込めたりを何回も繰り返していた。
どうしたの、と聞くと、体操をしているだけです、と変な答えが返ってきて、思わずわたしが腹を抱えて笑うと、トキヤはわかりやすく拗ねてしまい、今に至る。

とりあえず、今のわけわからない状況が嫌で、土曜日の今日、わたしはトキヤの部屋を訪れた。





コンコン

「はい」

『……あの、わたし、ですけど』

「………どうぞ」





結構簡単に部屋に入れてくれたことに驚く。一日置いて、少し頭も冷静になったのかな。





『……え、と。おはよう。音也くんはいないんだね』

「……翔と遊んでくるのだそうです」





ケータイに向き合って、こちらを見ないまま話すトキヤ。
うわぁ、まだ拗ねてる。どうしよう。





『……トキヤぁ』

「っ!!」





近付いて耳の近くで名前を呼ぶと、トキヤは大袈裟なくらい体をびくっと震わせる。その手から落ちた携帯の画面は、脈絡のない数字でびっしりと埋まっていた。





「なっ、何ですか」

『……あのさ、最近どうしたの』

「………」

『何か言いたいことでもあるの?』

「……何故です?」

『一昨日とか、何度もわたしに話し掛けてきたでしょう』

「………あれは…」





何かを言おうとして、口を閉ざすトキヤは、少しためらっていて。
でも頬が少し赤らんでいて、怒っているというよりむしろ照れているように見える。
一体どうしたというのだろう。





『………』

「……ただ」

『うん』

「聞きたかっただけなのです」

『……?』

「………か、肩を抱いてもいいか、と」

『………は?』





トキヤの言葉に、わたしは固まった。こいつ、今なんと?





『…………』

「…………」

『もしかして昨日手を出したり引っ込めたりしてたのは、わたしの手を握りたかっただけ、とか…?』





わたしの言葉を聞いて、顔を真っ赤にしたトキヤ。なんなの、この気持ち悪いトキヤは。





『……え…』

「………」

『トキヤ、ほんとにそうなの?』

「……ええ」

『………いつもそれ以上のことしてるじゃん』

「………」

『………』

「………そう言うなら、」

『ん?』

「あなたもやってみて下さい」

『何を?』

「私と手を、繋ぐのです」

『………』





何を真剣な顔で。
わたしは手を伸ばした。手を繋ぐなんて、簡単なことでしょう。
……簡単なはず、なのに。





『………っ、』





わたしはこの前のトキヤと同じように、手を伸ばしたまま止まってしまった。
なんなの。
……何、この、恥ずかしさ。





「早く握ってみせなさい、なまえ」

『うっ、うるさい』

「………」

『………』





どうしても手が止まってしまう。
どうして……。ただ手を握るだけなのに。





『……なんで』

「…………」

『…………』

「……おそらく、私たちは忘れていたのでしょう」

『何を』

「ときめきを、です」





そっと、トキヤがわたしの手を握った。ただそれだけなのに、心臓が大きく跳ねて、頬はどんどん熱くなっていった。
こんな気持ち、久しぶりだ、どうしよう。





『と、トキヤ、あのそのえっと』

「好きです、なまえ」

『っ!!』





顔がゆっくりと近付いてきた。
トキヤは綺麗な顔してるんだから近付いちゃだめだってば近い近い近い!!





『ちょっとトキヤ』

「長く一緒に居すぎて、初歩的なことを忘れていました」

『い、いきなりなんなの気持ち悪い!』

「おや、珍しく照れていますね。……そうしている君は、とても可愛らしいですよ」





トドメに耳元でそう囁かれてしまった。なんかもうドキドキしすぎて胸が苦しい。トキヤに顔を見られたくなくて、顔を背けるけれど、顎を捕まれて前を向かされてしまった。





『離して、やだ』

「…………」

『見ないでよ恥ずかしい! やだ!』

「……っ、」





あなたは本当に、可愛すぎて困ります。
小さくそう聞こえた瞬間、トキヤの熱い唇がわたしの唇を塞いでいた。息ができないくらい激しくて、ただでさえ苦しかったのに満足に息も吸えなくなる。荒々しいそのキスは、いつもよりも長く、そして今までの中で一番情熱的だった。





『………』

「……なまえ」

『……なに』

「好きです」

『さっきも聞いた』

「なまえは言ってくれないのですか?」

『……なにを?』

「私のことが、好きでしょう?」





自信満々で、薄ら笑いを浮かべたトキヤ。
なんなの、生意気。





『なわけないでしょ』





トキヤの頬を、両手で挟む。





『愛してるよ、ばか』





その綺麗な顔も、自信家なのに弱いところも、全部。
口に出したことなんて、数えるほどしかないけれど。
想いは増していくばかりで。





「………なっ、い、今、何と」

『ばかトキヤ。聞き逃したなら二度と言ってやんない』

「も、もう一回……」

『言うかばか』





素直になんてなれないけど、たまにはこういう甘い雰囲気も、いいかもね。

















初心、忘れるべからず。
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この日から毎日手を繋いで歩くようになったのは、秘密。








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