そして、深く、溺れていく。
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――――人恋しいの。
そう言ったら、わたしの体はいつの間にか、音也の温もりに包まれていた。
「……ねぇ」
『何?』
「どうしてこっち向かないの?」
『…………』
「好きだよ、なまえ」
『……っ』
「…………」
『…………』
「ねぇ」
わたしを後ろから抱き締めていた音也の手が、不意に肩を掴んで、強制的に前を向かされる。そこにいたのは、真剣な瞳でわたしを見る、知らない顔をした音也の姿。
「俺にしなよ」
『………』
「翔、いつ手術終わるかわからないんでしょ?」
『………』
「もしかしたら、失敗する確率だって」
『やめて!!』
気が付くとわたしの目からはぼろぼろと涙が溢れていた。そんなこと、何回も考えた。アメリカに行く飛行機で事故にあっていないか、とか、成功率50%の手術で、その50%に入っていなかったら、とか。考えても答えなんて出てこなくて、涙なんて流しすぎて枯れていたと思っていたのに。
「あ……ご、ごめん! 俺……」
『………』
「………」
『……翔ちゃんの代わりに』
「…うん」
『癒して、って言ったら、音也はどうするの』
わたしがそう言ったら、音也は少し驚いた顔をしたあと、すごく優しく笑った。そのまま、音也の腕がわたしの背中に回されて、体と体がぴったりとくっつく。音也はとてもあったかくて、ひどく安心した。
「癒すよ」
『…………』
「そして、一生この手を離さない」
『…………』
「それでもいい?」
『っ、だめ…』
反射的に答えてしまった口に、慌てて手を当てたけれど、音也の顔を見た瞬間、遅かった、と思った。わたしの頬に伝った涙を優しく拭う音也は泣きそうな顔で笑っていて、わたしがそんな顔をさせてしまったんだと思うと、また涙が溢れてきた。
「……そんなに大事なら、信じてあげなきゃだめだよ、翔を」
『……っ、ちが、音也、ごめ』
「謝らないで」
『………っ』
「……謝られたら、俺も、泣いちゃうかも」
そう音也は笑って、わたしの体から手を離した。音也が隣にいてほしいのはわたしなのに、わたしには、隣にいたい人が別にいる。それがわかっていて、音也に人恋しいなんて言ったのに、それでもその甘い言葉に誘われるフリをした彼が、ただ単に、いとおしくなった。
『……音也』
「……なに?」
『…音也、いいよ』
「………」
『今日だけ』
最低な女だって、翔ちゃんだったら罵るかもしれない。でも、音也は、何も言わないままわたしの唇をふさいだ。熱い音也の唇のせいで、何も考えられなくなったけれど、小さく、翔ごめん、と呟いた音也の声が聞こえた。違うよ、悪いのはわたし。翔ちゃんを信じられなくて、寂しくてどうしようもなくて、音也を利用したわたしが悪いの。そう言っても、きっと音也は、わたしを庇ってくれるんでしょうね。
そして、深く、溺れていく。
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このことは、わたしと音也だけの、秘密だよ。
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