氷が溶けたら
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ある日の昼下がり、アレキサンダーの散歩中に、彼女に出逢った。
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『…あっ、カミュさん、こんにちは……あー、アレキサンダー!』
「……こら、貴様!軽々しく触るな!」
『んっふふー、毛がふさふさでかわいいねぇ』
「……おい、話を聞け」
『ねぇ、カミュさん』
「なっ、何だ」
『この子のブラッシングは、いつもカミュさんがしているんですよね?』
「……そうだが、それが何か問題でも?」
『こんなに綺麗に手入れされてるなんて、愛されてるねぇ、アレキサンダー。よかったね!』
「なっ……!!か、軽々しく触るなと言っているだろう!……アレキサンダー、お前も、容易に近付くんじゃない!」
『……あ、離れちゃった…』
「貴様、先程から馴れ馴れしいぞ。一度ドラマで共演しただけで調子に乗るな、小娘」
『………ふっ』
「……!?」
『あははは!カミュさんって本当に、素はそんな感じなんですね』
「……何がおかしい。馬鹿にしているのか」
『そんなわけないです。……カミュさんはきっと、根は真っ直ぐなんですね。誤解されやすいでしょうけれど』
「………貴様、黙っていれば訳の分からんことを…」
『ふふ。これからの散歩、ご一緒してもいいですか?』
「……いきなり何を。駄目に決まっているだ……っおい、アレキサンダー!」
『あはは、くすぐったいよアレキサンダー。これは、離してくれそうにないですね。……いいですか?』
「………仕方ない。今回だけだぞ」
『ありがとうございます!行こう、アレキサンダー!』
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こうしてこの女との散歩が日課になってから、俺は人に興味を持ち、少しだけ周りに目を向けるようになっていた。
だが、最近、俺の中に渦巻く、この女にしか抱かない感情があることに気付いた。
『桜が綺麗ですね』
俺の国にはないこの桜という木は、凍える時期から移り変わると花を咲かせるらしい。花などどうでもいいと思っていたが、案外綺麗なものだ。
そう思い俺が相づちを打つと、隣を歩いていたこの女はいきなり足を止めた。怪訝に思い振り返ると、口を半開きにして目を見開いている。
「……何だその顔は。いつにも増して阿呆丸出しだぞ」
『相変わらず酷いですね………っていうかカミュさんが同意した……花なんてどうでもいいって言いそうなのに…!』
「なんだ、そんなに驚くことか」
『そうですよ!』
こいつに言わせれば、氷のように冷たかった心が、春の訪れと共に溶けてきている、のだそうだ。相変わらず感性と勢いだけで喋るこの女の言葉は理解しがたいが、その意図は、最近何となくわかるようになった。
「……おい」
『え、何ですか?』
「……最近、ディレクターやアシスタントに、雰囲気が柔らかくなったから気軽に話せるようになった、と言われる」
『わぁ、よかったですね!』
「………少しだけだが、テレビ局の奴等と話すのも悪くない、と思えるようになった」
『やっぱり、心が溶けてきているんですね。そういえば、楽しくお話している姿を、この前見ました!』
「まぁ、お前よりは扱いやすい者ばかりだからな」
『あはは……そんなにわたしはわかりづらい人間ですか』
「……お前は」
『はい?』
「お前は、俺といて、楽しいか?」
言った後で、はっと我に返った。貴族である俺が、他人の目を気にするなど、今まで考えたことがなかったはずなのに。
……ただ、自分のことをわかりづらい人間なのか、と聞いたこの女の顔が、あまりにも儚かったから。
「………」
『……え、か、カミュさ』
「何でもない、忘れろ」
『……楽しいです、とても』
「…………」
『……でも、最近は少し、寂しいです』
「……何がだ?」
『わたししか知らなかったカミュさんを、他の人が知ってしまったような気がして』
小さく笑いながらそう言ったこいつは、すぐに俺から目を反らして前を向いて歩き出した。その後ろ姿を、今すぐに俺の体で覆って包んでしまいたいと思うこの気持ちは、紛れもなく俺の本心で、自分で自分に驚く。そのくせ、この女に振り回されっぱなしのこの感情も悪くない、と思うのは、心が溶けてきている証なのだろうか。
「……ふむ、悪くない」
『え?』
「気にするな」
少し微笑んで頭に手を置いてやると、またさっきの阿呆面になった。それを隠すようにぐしゃぐしゃと大袈裟に撫でてやれば、驚いた声を上げながらも少し楽しそうなその姿に、笑いが込み上げてくる。
「はっ、髪がぼさぼさで見るに耐えないな、なまえ」
『カミュさんのせいです!……って、え、今なまえ…』
聞こえないふりをして、アレキサンダーと先を歩く。相変わらず桜は綺麗で、道に落ちている花びら一枚さえ美しく見える。これが春なら、祖国の春はどうなるのだろう、と柄にもなく俺は宙を見上げた。
氷が溶けたら
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少し暑いこの温度に慣れてきた頃には、この目に映る景色も、色付いて見えるようになっているだろうか。
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