眠気を誘う温かい日差しとともに

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学校にも慣れてきたころのとある昼下がり、温かい日射しを浴びながら受ける世界史は、とても退屈だった。
世界史が終わったら、次は国語、英語。午後にこの授業が詰まっているなんて、寝てくださいと言っているようなものだ。あぁ、眠い。寝ちゃいそう。





「……ねぇ、なまえ」

『ん、音也?』





顔をあげると、前の席に座る幼馴染みの彼、一十木音也は、横を向いて椅子に座り、右肘を背もたれにかけてこちらを見ていた。





『……授業中だよ。先生に怒られるよ』

「大丈夫だって。それに今、なまえも目閉じてたじゃん」





小さくてもわかる楽しそうなその声に、見られてたのか、と恥ずかしくなって目を反らすと、押し殺した笑い声が小さく聞こえた。

昔から、よく笑う少年だった。近所の施設におもちゃを持っていったときに出会ってから、その太陽のような笑顔は変わらない。けれど、わたしはそんな彼がふと見せる、寂しそうな顔とそこにかかる影が好きだった。





『…………』

「…………」

『……何』

「んー?」





相変わらず壁に背中を預けている音也は、顔の向きは変えずに目だけをこちらに向けていた。ずっと注がれるその視線に、先程まで感じていた眠気も吹き飛ぶ。





『……何かついてる?』

「ううん」

『…………』

「早く寝ないかなぁと思って」





にっこりと、満面の笑みでそう言う彼。授業中に寝てほしい、なんて、何を考えているんだろう。そう思い口に出そうとしたけれど、目を細めてわたしを見る彼の表情に、どくんと胸が跳ねた。
なんて幸せそうに見つめてくるんだろう。





「……ねぇ、なまえ」

『な、何』





声を掛けた音也は、急にわたしの机にあったシャーペンを手にとって、そこに広げられていたわたしのノートに文字を書き出した。覗き込もうとすると、だーめ、と手で覆われてしまって見えない。





『音也、何書いて……』

「一十木、何してるんだ」

「はいっ!?」





先生の声が教室中に響き渡って、音也は慌てて机に向き直った。わたしのシャーペンも、書きこんでいたノートも、その手に持ったまま。





「集中しろよー、一十木」

「はい」





そう言って授業に戻った先生。それを確認して、わたしは音也の背中をつんつんとつついた。





『音也、シャーペンとノート』

「うん、ちょっと待って」





まだ何か書いているのか、目の前の音也の背中が丸まっている。しばらくの間が空いた後、わたしの元にシャーペンとノートが返ってきた。
……あれ、さっき書き込んでいた文字がない。



音也がシャーペンを走らせていたところを開いたのに何もなくて、目の前の背中に問いかける。すると小さく、消した、と聞こえてきた。
それから、何を書いたのかを聞いても、音也は全然答えてくれなかった。わたしも諦めて、また授業に戻る。退屈で眠たい授業も、あと15分ほど。

することがなくて、音也が消した後をもう一度見てみた。たった二文字くらいの、簡単な言葉なのはわかるけれど、強く擦ったのか何て書いてあるのかがわからない。ひらがななのか、カタカナなのか。それを考えているうちに、わたしは目を瞑って眠ってしまっていた。



















「なまえ」





名前を呼ばれた気がして、目を開ける。すると、音也がわたしの机に肘をついて、いとおしそうにこちらを見つめていた。





「おはよう」

『……おはよう』

「ずいぶん寝てたね」

『えっ……え、国語、終わってる』





あれから、丸々授業一時間分寝ていたらしい。恥ずかしさで顔がかっと熱くなる。





「次、英語だよ」

『……ずっと、見てたの?』

「ん?」

『わたしが寝てるの』

「……うん」





日だまりのような、温かい笑顔で、音也はそう言った。見てたなら起こしてよ、と言うと、ごめんごめん、と彼は嬉しそうに笑った。
……寝てる姿をずっと見られていたなんて。





「あ、後で世界史のノート見ておいてよ」

『世界史の?』

「うん。さっき書いた言葉、教えてあげるからさ」





どういうこと、と言おうとしたら、ちょうどチャイムが鳴ってしまって、そのまま英語の授業が始まった。何でもないような調子でさっき言っていたけれど、その音也は妙にそわそわしていた気がする。
少しざわざわする教室の中、気になって仕舞った世界史のノートをもう一度取り出して、一番新しいページを開く。するとそこには、小さく“階段の踊り場で待ってる”と書かれていた。

顔を上げると、音也の赤い髪の毛に隠れた耳が赤く染まっているのが見えて、一気に体の体温が上がっていくのを感じた。どきどきと大きな音を立てる心臓も、うまく回らない思考も、目の前の彼と同じなのかな、と思うと嬉しくなる。



まだ教えてもらっていないけれど、あのとき音也が書いた二文字が、わかるような気がした。






























眠気を誘う温かい日差しとともに
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―――運ばれてきたのは、満開の笑顔と明るい春でした。










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