一番欲しいもの
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本日は、バレンタインデー。
『……なのにどうして、レンは今日そんなに暇そうなのかしら』
隣に座って購買のパンを頬張るレンに声を掛けると、彼はいつもの微笑を浮かべながら答えた。
「そんなにオレがここにいるのが珍しいかい?」
『違和感ありあり。毎日この時間は女の子に囲まれてきゃーきゃーやってるじゃないの』
「はは。そんな風に見られていたのか」
『事実でしょう。というか、冗談じゃなく、本当にあなたここにいていいの、レン』
「…………」
ちら、と時計に目をやって、レンは重い腰をあげた。
「……レディの言う通りだね。そろそろ行くよ」
『はいはい。いってらっしゃ……え』
気付けばわたしの手はレンの左手にあって、彼は強引にわたしを引っ張っていった。
『ちょっと、どういうつもりなの?』
「ついてくればわかるよ」
『………』
だんだん熱を持つ手に気付かないふりをしたまま、わたしはただレンの後ろ姿を目で追いながら足を動かしていた。
目の前を歩く彼は、全く訪れたことのない廊下ばかりを進んでいて、まわりには誰もいない。レンの日常から考えればそれはあり得ないことで、ことの重大さに改めて胸が高鳴っていくのがわかった。
どこに連れていくつもりなのだろう。逸る心を慌てて抑える。レンに期待したって無駄なことは、ずっと一緒にいて身に染みてわかったことだ。
「さぁ、ついたよ」
隅っこにあった空き教室のドアに手を掛けて、横にスライドさせる。
すると。
「ハッピーバースデー、レン!!」
そこには、見慣れたSクラスとAクラスのメンバーが、クラッカーを持って待ち構えていた。
「なまえさん!こんなところにいたの」
『音也くん……今日、レンお誕生日だったんだね』
「うん」
突然の状況についていけなくて、部屋の隅で飲み物を飲んでいたら、音也くんがわたしに気付いて今日のことを話してくれた。
どうやら、本日、2月14日は神宮寺レンの誕生日だったらしい。バレンタインデーに生まれてくるなんて、本当にレンらしいといえばレンらしいけれど。
「……なまえさん、知らなかったの?」
『………』
わたしは何も知らなかった。レンとはパートナーだっていうのに、言われなかった。一言も。
『……音也くん、教えてくれればよかったのに』
「レンがなまえには言うなって言ってたんだよねぇ」
「ん?なんだ、オレの話かい?」
三角のとんがり帽子をかぶって両手にお菓子やメッセージカードを抱えたレンが、話に割り込んできた。
何よ、白々しい。
「おぉ、怖いねぇ。何か気に食わないことでもあったのかな?」
『…………』
……もしメッセージカードを持っていなければ、この飲み物をぶっかけてやれたのに。
震えるわたしの手に気付いたのか、視界の隅からそそくさと音也くんが遠ざかるのがわかったけれど、そんなこと気にしている余裕なんてなかった。
ごめんね、音也くん。
『お誕生日おめでとう、レン。それじゃ』
「どこに行くんだい」
『……一人にして』
こんな気持ちのままここにいても、雰囲気を壊すだけだ。
そう思って、あまり音を立てないように教室を出た。後ろからレディ、とレンの涼しげな声が掛かったけれど、わざと聞こえないふりをして、わたしはそのまま歩き出した。