これはきっとわたしにしか通じないこと
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とても気付かないような、小さな変化。だけど、女の子にとっては大きな変化。
誰か気付いてくれるかな。
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『おはよう!』
「おう!おはよ、なまえ!」
「おはようございます、なまえちゃん!………あれっ、」
『ん?どうしたの、なっちゃん』
「なんか違和感が……なんでしょう?」
「違和感?いきなり何だ、那月」
「気のせい、でしょうか…?」
『あ、藍ちゃん!おはよう!』
「……あれ。来てたの、なまえ。っていうか、前髪切った?」
――――あ。
『う、うん!昨日自分で!ちょこっとね!』
「ああ!前髪ですね!」
「那月の言ってた違和感ってそれか!……よく見ればほんとだ、短くなってる」
「揃っててかわいいです、なまえちゃん!」
『なっちゃんありがとう!えへへ』
「えへへじゃないよ、なまえ。女の子なんだから、もう少し髪の毛にも気を配ったら?」
『えっ、これ変かな?』
「似合ってないわけじゃないけど、揃いすぎ。美容院でも行けばいいのに」
『お金がないんです!わざわざ前髪だけのためにそんな使えないよ!』
「しょうがないな。じゃあ、次からはボクに言ってよね」
『……え?』
「切ってあげるって言ってるの。少なくともなまえよりは上手に切れると思うよ」
「そ、それはなんか……不安だな」
「なんでよ、ショウ」
「だって……なぁ?」
「そうですねぇ……あいちゃんは不器用ですから!」
「バカ、那月っ!言葉考えろ!」
『えっ、藍ちゃん不器用なの?』
「はい!でもそこがまたかわいいんです!」
「……ナツキ黙って」
「え、なんで?藍ちゃん。あ、もしかしてなまえちゃんに不器用だってバレるのが嫌なの?」
「そんなわけないでしょ。大体、なまえがボクより器用なはずないんだから。ボクが切った方がいいに決まってる」
『ひ、ひどい藍ちゃん!』
「だから次からはボクに任せること。いいね?なまえ」
『………』
真っ先にわたしの変化に気付いてくれただけじゃなくて、次の約束までしてくれるなんて。
「……なまえ、返事は?それに何、その顔。気持ち悪いんだけど」
『えっ!?』
「……返事は?」
『は、はいっ!』
「………」
…………あ、少しだけ、笑った。
「………じゃあナツキ、ショウ、今日はボイストレーニングから始めるよ!なまえは昨日作った曲の準備からね」
「「『はい!』」」
遠回しにしか自分の言いたいことを言えないことも、信頼してる人には特に口調が冷たくなっちゃうことも、知ってるよ。
そんな藍ちゃんが言った“前髪切った?”っていう言葉は、どんな甘い言葉よりもわたしの胸に響くんだ。
これはきっとわたしにしか通じないこと
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素直じゃないってことは、言ってることと反対のことを思ってるってわけで。
そう考えたら、藍ちゃんの言葉全てが口説き文句に聞こえてしょうがない。
……なんて、本人には絶対言えないけど。
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