ささやかなお誕生日パーティー
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わたしは、外灯で照らされた道を、片手に携帯を持って走っていた。
この商店街を抜けると、わたしの住んでいる寮がある。そこで待っているであろう人物に、わたしは電話をかけた。
「……もしもし」
『あっ、もしもし、真斗?仕事、今終わってさ!』
「そうか、お疲れ様。もう部屋にいるぞ」
『わかった!急いで帰るね!』
電話を切って、わたしは家と反対の方向へと走りだす。心の中で真斗に謝りながら、わたしはショッピングモールへとかけこんだ。
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『っ、ただいまー!』
「おかえり」
ドアを開けた瞬間、もわっとした暖かい空気がわたしを包んだ。走って火照った体にまとわりついて暑くて、マフラーやコートを脱ぐ。
「少し遅かったな。寒かっただろう、部屋を暖めておいたぞ」
『ん、ちょっと寄り道しててさ。ありがと!あっ、真斗、ちゃんとおなかすかせてきた?』
「ああ。朝と昼を軽めに済ませて、あとは何も口にしていない。今にも腹と背中がくっついてしまいそうだ」
そう言って、真斗は綺麗に笑った。わたしはこの笑顔が一番好きだ。
つられてわたしも笑顔になる。
『あはは、よかった。じゃあ夕飯の支度するから、これ、食べといて』
わたしが差し出したバスケットを覗き込んだ真斗は、息を飲んだ。目がまんまるになっていて、かわいい。
「こっ、これは……メロンパン…!」
『朝作ってみたの。真斗、メロンパン好きだもんね!』
「すごく美味しそうだ……。では、ありがたくいただくぞ」
『どうぞー』
素直に喜んでくれる真斗を見て、すごく満ち足りた気分になったわたしは、キッチンへと向かった。真斗の声や仕草で、本気で喜んでくれているのがわかる。
早起きは大変だったけど、やっぱ作ってよかったな。また暇なときに作って真斗に届けてあげよう。
「………!う、うまい…!」
『そっか、よかった』
「この固すぎないクッキー生地と柔らかいパンが、絶妙な歯ごたえを生み出している…!それに加えて薄く振りかけてあるシナモンが、ほどよい甘さを醸し出している!………まるで店頭に並んでいるメロンパンのようだ……いや、それ以上か!」
『ふふ、何それ。ありがとう、全部食べていいよ』
わたしがそう声をかけると、では、遠慮なく、という声を最後に、むしゃむしゃとパンを頬張る音だけが聞こえてきた。夢中になって食べている真斗を想像したら、にやけが止まらなくなる。リビングからキッチンが見えなくてよかった。
真斗は和食が多いだろう、と思って、夕飯はロールキャベツやポトフなど、ヘルシーで洋風なものを集めてみた。あらかじめ準備をしておいたから、そんなに時間はかからない。
『真斗、そろそろできるよ』
「そうか」
『!?』
あまりにも近くで声が聞こえてきて、思わず振り向く。
すると、目の前には、手にメロンパンを持った真斗がいた。
『えっ、なんで』
「……いいから、料理に集中していろ」
何故か真斗が照れた顔でそう言うから、わけもわからずわたしも恥ずかしくなって、またお鍋と向き合った。
その瞬間、後ろからゆっくりと包まれて、わたしの手に真斗の手が添えられた。
『……!!』
「その、だな。なまえも腹が減っているだろうから、メロンパンを食べさせてやろうと思ったのだ。……口を開けてくれ」
目の前には小さく千切ったメロンパンがあって、すぐ左には真斗の顔があって。
言われるがままにわたしが口を開くと、真斗がパンを口に入れてくれた。
食べさせてくれたとき、ほんの少しだけ指が唇に触れた。それだけで、心臓が鳴り響く。
「……どうだ、美味いだろう」
『………う、うん。……っていうか、わたし味見として食べてるから』
思わず口をついて出たこのかわいくない言葉を、そうか、と小さく笑った真斗に、また胸が大きく震えた。
なんだか、からかわれているようで、おもしろくない。でも、赤くなっているであろうわたしの顔は、正直にわたしの気持ちを映していて。今料理中なんだからあっちにいって、と言ったのに、真斗は口角をあげただけで動かなかった。
「照れているのだな。……かわいいな、お前は」
『てっ……照れてない』
本当は、真斗がぴったりくっついていて、頭が爆発しそうなのに、正反対の言葉しか出てこないわたしを、真斗は目を細めて見ている。
……なんかこの状況、まるで…。
「………まるで新婚のようだな」
『……っ!』
思ったことと同じことを言われて、けむりが出そうなくらい顔が熱くなった。
「ん、どうした。なまえも同じことを思ったのか?」
『な、なわけないでしょ!ししししし新婚さんとかそんな』
「……思ってないのか?」
『――っ………同じこと考えてた、よっ!』
真っ直ぐに見つめられて観念して正直に話せば、にやりと意地悪そうな顔を向けた真斗。
『……からかったでしょ』
「相変わらず素直ではないからな。たまにはからかってやろうと思ったのだが………案外、いいものだな」
そうわざと耳元で言った真斗は、今までに見たことのないほどの悪人顔だった。こいつ、完全に確信犯だ。楽しんでやってる。
『……っ!!う、うるさいっ!もうご飯出来たから!お皿ならべて!』
「はは、そう怒るな」
真斗は楽しそうに笑って、今度はちゃんと離れていった。
余裕そうな真斗。むかつく、悔しい。そう思っても、幸せそうな真斗を見たら、どうでもよくなった。
真っ赤になった顔も、準備をしているうちに戻って。
わたしと真斗は、テーブルを囲んだ。