少しずつ近付く距離と、君
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※「間違いメール」の続編です
「やぁレディ。今日も綺麗だね」
『ありがとう神宮寺さん、おはよう』
短く返事をすると、神宮寺さんは取り巻きの女の子たちに囲まれながら、教室とは反対の方向へと歩いていった。
相変わらず朝から大変そう。でも毎日挨拶をしてくれるところに、育ちの良さが表れていると思う。なんだかんだで、わりと世話焼きなのだ、彼は。
『おはようトキヤ、翔ちゃん』
「おはようございます」
「おはよ、なまえ!」
挨拶をすませて、窓際の一番後ろに座る。この学校は席が自由で、おのおのが毎日好きな場所に座る。自由とはいえ最近は何となく固定されつつあって、隣にはペアであるトキヤ、前には翔ちゃんが座るようになった。
「なー、今日宿題あったっけ」
『ないよ』
「何を言っているんですか、なまえ。ありますよ」
『えっ嘘』
「おい……お前、信じちまうとこだっただろうが」
『あはは、ごめん翔ちゃん。宿題どこだっけトキヤ』
「何の話をしてるんだい?」
翔ちゃんの隣からにゅっと顔を出してきたのは神宮寺さんだった。いつもの女の子たちがいなくて、少し驚く。
「ただ宿題の話してただけだよ。つかレン、お前いきなり割り込んでくるなよ!せまいっつーの」
「いつも楽しそうなんだから、その輪に入れてくれたっていいだろう、おチビちゃん」
「チビって言うな!」
『それにしても、いつもいる女の子たちはいいんですか、神宮寺さん』
わたしが問い掛けると、神宮寺さんは目を大きく見開いた。
「心配してくれているのかい、レディ。安心して、レディと話すときは女の子たちを連れてきたりしないから」
『?……あ、ありがとうございます』
言っている意味がよく分からなかったが、あまりにも優しい笑顔で神宮寺さんが微笑むから、とりあえず、と思いお礼を言うと、気にすることないよ、とまた笑顔で言われた。
すると、今まで黙っていたトキヤがいきなりわたしに話し掛けてきた。
「ところでなまえ、どうしてレンだけ敬語なのですか」
『え』
「あ、それ俺も気になってたんだよなー」
「……訳を教えてほしいな、レディ」
『え……訳、と言われましても』
わざとこうしているわけではなく、自然と敬語になってしまっているだけなのだが。
改めて聞かれると、なんだか答えづらい。
『えーと、うーん、特にそんな、理由とかないんだけど……』
「……自然と敬語になっているってことかい?」
『そうですねぇ……』
やんわりと肯定すると、神宮寺さんが寂しそうな顔をした。その初めて見る顔に、何故か心臓が音を立てて鳴る。
なんでこんな顔するんだろう。
『あ、えっと、敬語じゃなくなるように努力します!……ごめんなさい』
確かに、仲は悪くないのに一人だけ敬語で話されるのは、いい気はしないだろう。
改めて申し訳なく思った。
「なんで謝るんだい、レディ。自然に出てしまうのは、悪いことじゃない。イッチーだって、終始敬語じゃないか」
「あー、確かにな!トキヤはいつも敬語だよな!なんでだ?もしかしてキャラ作りか」
「人聞きの悪いこと言わないでください。ただの癖です」
『そういえば春歌とか那月くんもそうだもんね』
相槌を打ちながら、わたしは全く別のことを考えていた。
神宮寺さんはマイペースで、どちらかというと他人を巻き込んで行動する人だと思っていた。でも、さっきわたしを気遣ってくれたこととか、さりげなく話題を変えてくれたことを考えると、わたしが思っているような人ではなかったらしい。
わたしは、彼の表面しか見ずに、誤解していたのかもしれない。
「……ん、どうしたんだい、レディ」
『………え?あ、何でもないですよ』
「あ、また敬語になってんぞ、なまえ」
『あ。ご、ごめんね、神宮寺さん』
「かまわないさ。いいよ、ゆっくりで」
わたしが考えこんでいるのに真っ先に気付いたのは、神宮寺さんだった。
こちらに向けられている綺麗な笑顔を見ながら、わたしは心の中でまたごめんなさい、と呟いた。
今まではただの知り合いでしかなかった彼の内面を、初めて見た気がして、距離を縮めようとしてくれている神宮寺さんのためにも、その気持ちに応えていこう、と思った。