御曹司の本気
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“なんだよ、何か文句あるか?”
“……え、あの、あなたはあの上木財閥の…”
“ああ、上木京也だ。それがどうし”
プチン。
『あああ!』
「……お前は一体何を見ているんだ」
『お願い真斗、今日しか見れる日ないの!だから一話だけ、ねっ?』
「………せ、せめて俺がいないときにしてくれ」
リモコンをテーブルに置いて、少し躊躇いがちに、真斗は隣に座ってきた。
放送が終わってもまだ人気のある、真斗主演のこのドラマ。やっと一巻だけレンタルしてあったからって借りてきたのに。
人気の秘密は、主人公の上木京也役を真斗が演じていることにある。主人公は至って誠実で、いかにもお坊っちゃまのリアル真斗みたいな人物……かと思いきや、実は乱暴で可愛いげのないぶっきらぼうな青年である、という設定なのだ。ある日ヒロインが道に迷って、思わず京也の広い自宅に侵入してしまい、なんやかんやで恋に落ちていく……という、王道かつベタなラブストーリー。
実際に御曹司である真斗が演じることで話題を呼び、続編の放送が決定されるくらい人気になった。
あの真斗がそんな口調で話しているとか見るしかないじゃん!と見る気満々だったのだが、真斗にことごとく邪魔されてしまって、今まで見れずじまいだった。
『なんでよー、真斗だって自分の演技見たいでしょ?』
「この作品でなければな」
『……えーそんなに嫌なの、これ』
「………」
あ、顔真っ赤。
つんつんつつくと、やめろ、とわたしの手を取った。そのままぎゅっと握られる。
「あまりにも境遇が似すぎて、その……客観視できなくてな。それに、演技とはいえ、あのような口調で話している自分というも、未だに慣れない」
『わたしは好きだよ、あの話し方』
「そっ、そうなのか!?」
『うん。だからさ、やってよ』
「……え?」
『だから、京也くん。なんかセリフ言って』
言ってはみたものの、期待はしていなかった。真面目な真斗だから、やろうとはするだろうけど、結局出来ないんだろうな。
そう思っていると、あごに手がかかった。目の前のさらさらな青い髪といつもと違う表情をする真斗に、自分の頬が赤く染まっていくのがわかる。
綺麗に弓を引く眉はそのままだが、目尻が少しだけ下がっている瞳が、今は挑発的につり上がっている。唇は歪んでいて、不敵な笑みと泣きぼくろがさらにその雰囲気を際立たせていた。
『ま、真斗?』
「京也」
『え』
「京也、だ」
鼻先が微かに当たるくらいの距離でそう言われて、わたしは完全に思考回路が停止してしまった。
言われていることは理解できるが、頭が追いつかない。どうしよう。自分で言っといてなんだけど、これは反則だ。真斗に目の前でやらせちゃいけなかった。なんていうか、刺激が、強い。
わたしは動揺を悟られたくなくて、必死に冷静なフリをした。
『京也、ね。で、この手は何?』
「なんだ、触っちゃいけないのかよ」
『そういう意味じゃ……っ!』
不意に重なる唇に、息を奪われる。普段、いい雰囲気にならないと真斗はキスをしない。いきなり真斗から、なんて初めてだった。
唇が離れた後、意地悪な顔を向けられれば、必死に保っていたわたしの冷静さも、どこかに飛んでいってしまった。
『……ちょっとまま真斗、いきなりとかやめてよ』
「なんだよ、事前にことわりをいれなきゃならないのか」
『いや違うけどあのその』
「だったらいいだろう」
再び迫ってきた唇に驚いて、思わずわたしは真斗の顔とわたしの顔の間に手を挟んだ。
「……手、邪魔だ。どけてくれ」
『もう充分です真斗、京也くんのフリはいいですごちそうさまです、ありが』
「どちらでもいいだろう」
『……は?』
「恥ずかしがるな、なまえ」
『………えっ、真斗?一体なにが』
「言っておくが、火をつけさせたのはお前だからな」
先程と同じ、意地悪な笑みを浮かべて、真斗はそう言った。
ああ、そうだった。真斗はほんとは、内側に想いを秘めている人だった。
そう考えたのを最後に、わたしは真斗に身を委ねた。
御曹司の本気
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真斗が本気出したときの色気は半端ない気がする
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