一ノ瀬さんの得意楽器
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『ねぇ、トキヤ。トキヤの得意楽器、おかしくない?』
珍しく予定がなくなってゆったりした休日。
ふと気になったことを質問すると、ソファでのんびりしていた嶺二先輩がずいっと身を乗り出してきた。
「あ、なまえちゃんも気付いた?前もそんなような話したんだよ!」
『そうなんですか!』
「俺もずっと納得出来なかったんだよねー。トキヤ、得意楽器“ボーカル”って何?」
「……前にも言ったでしょう。そのままです、私は声が武器です」
『トキヤ、得意“楽器”だよ?それが声って……』
「……なまえちゃん、僕と全く同じ台詞言ってるよ…」
「でももしさ、番組とかで得意楽器を演奏してくださいってなったとき、トキヤ大変じゃない?」
「それ僕も気になってたんだよ音やん!そしたらトッキーはアカペラで歌うことになるよね?えーまた歌うのトッキーってなるよね?」
『確かに!ファンの人はいつもと違うトキヤを見たいはずなのに、いつも通りに歌ったら不満ですよね!』
「いくら得意だからって、同じことしか出来ないのもねぇ……」
「やっぱりバリエーションって大事だもんね!」
「……黙っていれば好き勝手に言ってくれますね」
盛り上がっているわたしたち三人を遮って、トキヤはこっちを餌を狩るような目で睨んできた。
なんでわたしを睨むんだよ、トキヤ。何か文句あんのか。
睨みあっているのに気付いたのか、嶺二先輩がわたしとトキヤの間に入った。
「まぁまぁ、落ち着いて二人とも。自分の声に自信を持っているのはいい事だし、今のままで特に問題はないんじゃないかな?」
『……まぁ、そうですけど。でもなんで学園にいたころは得意楽器ギターだったのに、なんで変えたの?トキヤ』
「……ギターが得意なのは、音也ですから」
「ええ、なんで!?俺に譲ったってこと?トキヤ!確かに俺はギターしかできないけど……そんなの嫌だよ!」
「かぶってたっていいじゃない!大事なのは個性だよ、トッキー!」
「寿さんは個性的すぎです」
マラカスをシャカシャカ振っている嶺二先輩をすっぱり切ったあと、トキヤはわたしの方を見た。
「……早乙女さ…社長もこれでいいと言っていたのですから、もういいでしょう。この話は終わりに」
『あ、そうだ!』
「……聞いていますか、なまえ」
『ううん、聞いてない。トキヤ、ないなら作ればいいじゃん!うん!』
楽器は一通り出来るとか言ってるトキヤだから、その中から得意楽器を探せばいいんじゃないか!
そうわたしが言うと、本気ですか、と言うトキヤの言葉も虚しく、嶺二先輩と音也くんはノリノリで、そうと決まればさっそくトレーニングルーム行こう!と拳を上げた嶺二先輩に、音也くんと元気に返事をして、嫌がるトキヤを無理矢理引っ張っていった。
「あなたとこの二人が一緒になると、もうどうにも出来ませんよ」と苦笑混じりに言われたけど、トキヤの顔は満更でもなくて、そのわりに楽しそうじゃん、と言ったら頭を小突かれた。