いつまでも、君と。
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わたしの知らないところで、翔ちゃんが悩んでるなんて、思いたくなかったけど。
様子が変なことは、明らかだった。
『翔ちゃーん!おっはよー!』
「おう、おはよ!」
『朝から突然だけど、帽子が逆さまだよ?』
「ま、まじか!ありがとな」
『あと、なんでヘアピンが襟に刺さってんの?』
「こっ…!これはあれだ、ファッションだ!」
『ダサい。しかも襟立っててモーツァルトになってる。それもファッション?』
「………」
『何かあったの?』
わたしがそう問えば、笑顔が返ってきたけど、無理してるのバレバレだよ、翔ちゃん。
「……何でもねーよ。今日、仕事だろ?頑張ってこいよ」
早口でそう言って、小走りでトイレに行く翔ちゃんを、軽く睨む。
男が女に弱いとこを見せるのは、カッコ悪いと思っている翔ちゃん。そんなことないのに。
わたしは、何でも話して、弱いとこも受け止めて、それでも大好きって言えて、お互いに頼り合える存在になりたいのに。
作曲家の仕事が終わって、夜も遅かったけど、やっぱりどうしても気になって、わたしは翔ちゃんの部屋を寄ることにした。
学園を卒業してから、新しく寮に移ったけど、行き来しやすい距離で本当によかったと思う。
呼び鈴を鳴らす。出ない。
もう一度鳴らしてみる。
……出ないなぁ。
まだ帰ってきてないのかな。もしかしたらジョギングしてるとか。いや、ひょっとして部屋で寝てるのかも。
ここにいても仕方ない、と頭では理解しているのに、体が動かない。
そのうち、少しずつ手が冷えてきた。
どうしよう。翔ちゃんの姿見ないと、安心出来ないよ。
不安になって壁に寄り掛かったら、インターホンの角に頭をぶつけてしまった。
『いてっ』
あ、しまった。思わず声を出してしまった。恥ずかしい。
ドアにもたれてそんなことを考えていたら、いきなり支えているものがなくなって、わたしはバランスを崩した。
『うおっ』
「え、なまえ!?って、うわっ!」
そして、ドアを開けた翔ちゃんの方に倒れた。
「いてて……だ、大丈夫か、なまえ」
『う、うん』
どことなく、気まずい雰囲気が流れる。耐えきれなくてわたしが口を開こうとした瞬間、ドアの閉まる派手な音がして、声を掛けるタイミングを逃してしまった。
『………』
「………」
『………』
「…とっ、とりあえず中、入るか?」
裏返った声でそう言ってわたしの手を取った翔ちゃんの顔が、驚きのものに変わった。
「お、お前!手、すげー冷たいぞ!?一体いつからいたんだよ!」
『あー、いつからだっけ』
「外でずっと待ってたのかよ」
『うん、でもピンポンしたよ』
「……あぁ、もう!来い!」
翔ちゃんはぐいぐいわたしの腕を引っ張って、ソファに座らせた。
そして、防寒具をぽいぽい投げてくる。
「とりあえずこれ掛けとけ!あとマフラーも……あ、カイロがあった」
『大丈夫だよ、翔ちゃん』
「風邪引いたら大変だろ!……ったく、俺が気付かなかったらどうなってたか……。待ってろ、今あったかい飲み物作ってくっからよ」
台所に消えた翔ちゃんを、目だけで追う。
全く。過保護なんだから。
『翔ちゃーん』
「なんだ?」
ためしに声を掛けてみたら、ひょこ、と台所から顔だけ出して翔ちゃんが答えた。
『あはは。かわいい』
「なっ、なんだよ!そんなこと言うために呼んだのかよ!」
『ねー翔ちゃん』
「んだよ!」
今度は顔を出してくれなかった。でも、声は届いてるみたいだ。
わたしは、いかにも自然に、何でもないことのように、口に出した。
『ねぇ、何があったの?』
「………」
『聞こえてるでしょ。隠さないで』
「………」
『………』
何の物音も聞こえなくなって、いらいらし始めた頃に、やっと翔ちゃんがマグカップを二つ手に持ってやってきた。
「……ごめんな、紅茶しかなくてよ」
『………いいよ、紅茶好き』
「……話。聞いてくれるか」
『聞きたくなかったら自分から聞いたりしない』
むっとなって言い返すと、ふ、と優しく笑って、わたしの頭を撫でた。
それだけで、機嫌が直った。本当にわたしってば、単純。
わたしの表情の変化がわかったのか、翔ちゃんはまた笑ってから、ゆっくりと話し始めた。