蕾が花に変わる、そんな些細なこと。
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ドアの閉まる音と共に、背中に軽い衝撃。
一瞬のうちに嶺二はわたしを部屋の中へと引き入れて、自分とドアでわたしを挟んだ。嵌められた、と気付いた時はもう遅い。
嶺二の両腕に挟まれたわたしは、ただ呆然と立ち尽くしていた。
「……なぁんだ、気付いてたんだね」
『………え、嶺二、どういう』
「そうだよ、僕は酔ってない」
『え』
嶺二の顔がどんどん近付いてくる。抵抗しようと顔を背けたら、顎をくい、とあげられた。
「逃げないでよ」
『……どういうつもり』
「…………」
『酔ったふりしてたってこと?』
「……今まで僕が酔ったとこ、なまえちゃん見たことある?」
『………最低』
「…………」
部屋に連れ込んで、一体何をするつもりだったの。
そう聞きたかったけれど、うまく言葉が出てこない。すると、嶺二がうーん、と唸った。
「……君に罵られるのもいいんだけど…」
『え?』
「やっぱり僕は、好きな子は苛めたい主義なんだよね」
『……何を、言って……っっ!』
首筋に、生暖かいものが這った。ざらざらした舌の感触に、わたしは思わず声にならない悲鳴をあげてしまった。
『……っ、何するの、いきなり!』
「わぁ、今の最高。なまえちゃん、そんな声も出せるんだね」
『ちょ、変態!』
「おっと」
むかついて嶺二を突き飛ばそうとした腕も捕らえられてしまい、わたしは彼の腕の中におさまった。力強く抱き締めてくるくせに、優しい手つきでわたしの頭を撫でる嶺二。
彼女でもない女の子に、こんなことを平気でできるやつだとは思わなかった。嶺二は馬鹿だ。だけど、それが嬉しいわたしは、もっと馬鹿だ。
「……あぁ、幸せだなぁ」
『…………』
「ほんと、いい匂い」
『……嶺二、もう離してよ』
「………嫌になった?」
『そういうことじゃ…なくて…』
「じゃあ何?」
『だって、おかしいでしょう、わたしと嶺二が、こんな』
「……あのね、僕が悩んでたのは、君のことだよ、なまえちゃん」
『………え、どういうこと?』
「………君がいつまでも、僕の気持ちに気付いてくれないから」
『えっ』
背中に回っていた手が肩に置かれて、嶺二はわたしを真っ直ぐ見つめた。
「僕は、なまえちゃんが好きだよ」
『………!!』
「こんなに素直に僕が示しているのに、君は全く気付いてくれなくて」
『…………』
「無理矢理にでも意識してもらおうと思ってたんだ」
『……それで、酔ってるふりまで…』
「僕だって、必死だったんだよ?」
嶺二の細い指が、わたしの髪をかきあげる。やけに色っぽいその仕草に、わたしの胸は期待して大きく跳ねた。
計算高い男だ。抜け目なく、自分の思い通りに事を運ばせて、結局ほしいものを全て手に入れていく。わたしも、そんな彼に踊らされているだけだったのか。
「………キス、するよ?」
『いちいち聞かないでよ』
「……ほんと、雰囲気にのまれやすいよね、なまえちゃんは」
『知っててこうなるように仕向けたんでしょう』
「……でも、それがわかってても君は、」
僕のところに来てくれるでしょ。
そう耳元でたっぷり囁いてから、嶺二は熱い唇を重ねてきた。
全てが嶺二の思惑通りっていうのが気にくわないけれど、余裕のなさそうな姿や情熱的なキスに嘘は見えなかったから。
『………嶺二、』
「ん?」
『……ふふ、何でもない』
「え、なまえちゃん?」
『何でもないよ』
一瞬こっちを見た嶺二の頬が赤く染まっていたことは、言わないことにした。
蕾が花に変わる、そんな些細なこと。
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「あ、」
『ん?』
「僕のこと、笑ったね?」
『え、ちょっと、何その顔』
「言ったでしょ、僕は、好きな子は苛めたい主義だって」
『!? ふざけないでっ…』
「特に、君みたいに反抗してくる子だとさらに、ね」