輝く星の裏側
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『な、那月くん……!』
「那月、しっかりしろ!」
ぼんやりする頭の中に、聞き慣れた声が聞こえてくる。
「……お前、それ何持ってんだよ」
『えっ、濡れタオル』
「風邪でもないのに、そんなもの持ってきても意味ないだろ……ばーか」
その優しい声に、胸が重く黒く沈んでいくのがわかった。
那月も厄介だな、こんなものに気付いてしまったなんて。
「なまえ、那月見といてくれ。俺、先生呼んでくるから」
『えっ』
「俺たちが見ててもしょうがないだろ。大丈夫、すぐ戻ってくっからよ」
ドアが閉まる音と共に、那月の意識も深くへと沈んだ。
今回は、本当に表に出たくないらしい。俺の呼びかけにも全く反応しない那月に、ため息をひとつ落とすと、ごめんねさっちゃん、と弱々しい声が返ってきた。
那月のこんな声は久しぶりに聞いた。でも、そろそろ危ないとは思っていたんだ、俺も。
「…………」
那月に気にするな、と声を掛けて、意識を体と同位させる。
その瞬間、柔らかな手が俺の髪の毛を撫でた。
「……ん…、」
『!!』
薄く目を開けると、驚いた顔の女がこちらを見ていた。那月の意識があるときも思考は共有されているから、さっきまで起こっていたことも、那月が倒れた理由も、俺は全部知っている。
『……あ、あの、起こしちゃったかな。具合大丈夫、那月くん?』
心配そうに声を掛ける女と、俺は初めて眼鏡ごしに視線が合った。
「……お前が、なまえか」
『え?』
さらに目を丸くしたこいつに、俺は自嘲気味に笑った。
この反応は当たり前だと思った。那月はこんな話し方をしない。
視線を反らそうとしない女に、俺は眼鏡を外してまた視線を合わす。すると、まさか、とこいつは小さく呟いた。話には聞いているだろう、恐らくあのチビから。
『……砂月…くん?』
返事の代わりに、にや、とわざと笑ってやると、こいつは怯えた顔をした。
那月を傷付けたくせに、そんな顔するのか、こいつ。
『ど、どうして?那月くんは?』
「……那月は今日は出てこない。というか、出てきたくないらしい」
『どういうこと!?』
「さぁな。自分で考えろ」
これ以上話をする気が起きなくて、背を向けて寝転がると、女は静かになった。
『…………』
「…………」
『……さ、砂月くん』
「…………なんだよ」
『…どうして那月くんは出てこないの?』
「自分で考えろ、って言っただろうが」
『……翔ちゃんも心配してるし、せめて…』
翔ちゃん、と言ったこいつの声を聞いた瞬間、心臓を掴まれたかのような鈍い痛みが胸を襲った。
今まで、那月はこの痛みを見て見ぬフリしてきた。でも、それよりも一番俺が悔やんでいるのは、それに気付くことができなかった自分自身。
「あのチビは関係ないだろ!」
『…っ!』
「……言ったはずだ、自分で考えろ、ってな」
『…………』
ついキツくなった口調に、今度こそ女は口を閉ざした。下を向いて俯くその姿に、さっきとは違う胸の痛みが俺を襲う。
……ちっ、めんどくさいな。
「……ひとつ教えてやろうか」
『……?』
「那月は、心の弱い人間なんだ。その繊細な心をえぐるようなことを、お前らはしたはずだぜ」
『そんな……!』
「お前とあのチビ、那月に何か隠してるだろう」
さっと青みが増す女の顔を見て、俺は確信した。
この女とあのチビが、付き合っていること。そして、それを那月に隠していることを。
勘がいいくせに鈍い那月は、気付いていても気にしないフリをしてきた。そうして自分に嘘をついてまで気付きたくなかった理由は、ひとつしか考えられない。
「……那月は、そんなに強くないんだよ。覚えとけ」
この女に、惚れているんだ。
まるで地から響くように、突き放すような低い声が出たことはわかっている。だが、気にせずに俺はドアノブを捻り部屋を出た。もちろん、女の顔は見ずに。
その行動は、俺がこの女に出来る、唯一の悪あがきだった。