The blind eyes
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※若干ネタバレあります
あの日、エリオットに付いて貴族の社交界とやらに行ったのは、本当に気まぐれで。
そのときだ、彼女に初めて出逢ったのは。
『……こんばんは、エリオット様。……もう一人、いらっしゃるのですか?』
彼女は、目が見えていなかった。
エリオットも久しぶりに姿を見たという彼女。今日たまたま社交界に来ていたらしく、エリオットが短く僕を紹介すると、目を瞑ったまま静かに笑った。
『……あぁ、エリオット様の従者の方ですね。わたしはなまえといいます』
見えていないはずなのに、彼女は僕に向かって真っ直ぐ手を差し出した。きっと目が見えない代わりに、他の感覚が鋭くなっているんだろう。僕がどこにいるのかが、わかっているのかもしれない。
「……僕は、リーオといいます。よろしくお願いします」
手を握り返すとき、少し躊躇った。いきなり触ると、びっくりするんじゃないかと思ったから。
『ふふ。そんなにかしこまらなくてもいいのに』
「……!!」
『今度、ナイトレイのお屋敷に、両親と共にご挨拶に行くと思います。その時は、よろしくお願いしますね』
そう言って、彼女は優雅にお辞儀をして、僕の目の前から去っていった。
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「ねーえ、エリオット」
「……なんだ、リーオ」
「暇だね」
「…………」
僕がそう言うと、エリオットはキッとこっちを睨み付けてきた。手元にある教科書が見えないのか、とでも言いたそうな顔だ。
「………暑いな暇だなー。あっそうだエリオット、連弾しない?」
「あぁもう黙ってろ! 後で時間取るって言っただろうが!!」
「もう待ちくたびれちゃったよー。誰かさんが課題を後回しにしとくからさ……」
「ごちゃごちゃ言うな。俺だって忙しかったんだ」
「お母さんのための曲作るのに?」
「……っ!!」
「親思いなのはいいことだけどねー。学生の本業は勉強なんだから」
「なんでそういう言い方しかできねぇんだよお前は!!」
「ほらほら口動かす暇があったら手動かす」
「……っ!!!」
なんだかんだ言って素直なエリオットは、いつも僕の言葉に振り回される。それが面白くてからかっちゃうってこと、彼は知らないんだろうけど。
「…………」
「…………」
「…………」
「……リーオ」
「ん? もう終わったの?」
「なわけねぇだろ。……この前挨拶したなまえさん、ご両親を連れて明日、来るそうだ」
「……そうなんだ」
「………不思議な人だったろう?」
眩しいものを見ているかのように、エリオットの瞳が細められる。
「…………」
「……昔から、あの人のまわりだけは、いつも居心地がいいんだ」
遠回しな表現だったけれど、エリオットの言いたいことはわかる気がした。人間の、どろどろしたものとか、嫌な部分が、彼女のまわりには見えなかったから。
「そうだね。とても優しそうな人だった」
「……そうだな。きっと大事に育てられたんだろうな」
少しだけ羨ましそうに、エリオットがそう呟いたけれど、それだけじゃない気がした。彼女は、きっと見たことがないんだ。人間の醜い争いや、汚い感情を。
「……なら、彼女には一体何が見えているんだろうね」
「ん? 何か言ったか?」
「いや、何でもないよ。それよりエリオット、遅すぎ。先に行ってピアノ弾いてるからね」
「あ、待てリーオ!!」
閉まる寸前のドアの隙間から、エリオットが慌てて教科書をしまう姿が見えた。そんなに僕と連弾したかったんだろうか。
明日怒られても僕は助けたりしないからね、と小さく呟いて、後ろから追いかけてくるエリオットに、遅いよ、と僕は声を掛けた。
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