愛で染まる世界
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彼女が扉を開けると、一気になまえの匂いに包まれた。
久しぶりに嗅いだ気がする。花が好きななまえは、いつも何かしら花の香りを身に纏っていて、とてもいい匂いがする。それでいて、人間の匂いも混じっている彼女の香りが、私は大好きで。部屋に籠りがちな彼女だから、あんまり会えないけれど、だからこそ会えた時は思いきり甘えたいと思ってしまう私を、果たして君は知っているのだろうか。
『待っててね、紅茶いれてくる』
小走りでポットへ向かってお湯をわかすなまえを、ただ目で追っていると、不意に彼女が振り向いた。大きな瞳が私を捉えると、その瞳を細めて彼女は笑った。なまえの笑顔は、とても暖かく、眩しく、見るだけで世界に許されたような気持ちになる。ひどく安心して、苦しくて、切なくて。
「―――とても、大好きなんだ。私にとって、君は、」
世界そのもの。
私には、なまえのいない世界なんて、考えられない。
『……ん? 何か言った、ジャック?』
「いや、何でもないよ」
紅茶を置いた手を引き寄せて、そのまま自分の膝の上になまえを乗せた。少し恥ずかしそうに身を固くするなまえ。優しく頭を撫でると、彼女は体重を預けてきた。本当に素直で、可愛い。
『……なんか久しぶり』
「………私に触れるのが?」
『うん。すごく安心する』
そう言って、なまえはもぞもぞと動き出した。私に背を向けていた彼女は、横向きに角度を変えて、また寄りかかってくる。すごく嬉しいけれど、これ以上くっついたら、止まらなくなってしまいそうだ。
彼女の背中に腕を回そうか悩んでいたら、小さな笑い声が聞こえてきた。目を向けると、瞳を閉じたなまえは、私の胸に耳を当てて、ジャックの心音が聴こえる、と呟いた。
すごく幸せだ。心臓の音が聴こえるくらい近い場所に、命より大切な人間がいること。壊したくない、大切な時間。ただ愛しくて、離したくない。
「……なまえ」
『何……? っ!!』
小さく丸くなっていたなまえを、きつく抱き締めて思い切り息を吸う。真っ赤になって腕の中で慌てているなまえが本当に可愛くて、わざと首元に息を吐くと、小さく彼女の身体が震えた。私を部屋に誘い込んだということは、つまり、そういうことだろう?
『……あ、ジャック、待って』
「待てないよ」
抵抗しようと声を出す彼女の口を塞いで、欲望のままに貪った。時々洩れる彼女の息がやけに扇情的で、余計に私を煽る。
「……大好きだよ、なまえ。君がいれば、もう何もいらない」
耳に口を寄せてそう囁けば、なまえは瞳を潤ませて私を見た。いつもと違う、色気を漂わせたその姿は、どう見ても誘っているようにしか見えなくて、顔をそっと首元に寄せた。白くて綺麗な項は、まるで吸い付くように柔らかい。
そのとき、小さく彼女の喉が震えた。
『………っ、』
「ん?」
『……わたしも、大好き、ジャック』
とろけそうな視線のまま、彼女から放たれたこの爆弾に、私の理性は呆気なく崩れた。私にしか見せない顔で、私にしか聞くことの出来ない声をあげるなまえ。紅茶が冷めていくと同時に、心と体は熱くなっていくばかりで。
もう、止められない。
君が大好きだというこの気持ちは、ちゃんと伝わっているのだろうか。
どれほど言葉を紡いでも、どれほど触れ合っても、きちんと伝えきれていない気がしてしまうんだ。
こんなにも夢中にさせるのは、君だけだよ、なまえ。
愛で染まる世界
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世界はそれだけで満たされて。
毎日が、輝き出す。