敢えて名前をつけるとしたら
[ 1/1 ]
最近、密かに楽しんでいることがある。
「……名前」
『んー? なに、遙…』
「……うわああああっ、ちょっと、何やってるの!! ハル!!」
「埃。ついてたから払っただけ」
焦った顔の真琴が慌てて俺の手を掴んだから、俺は名前の顔から手を離す。痛いくらいに力が入っていて思わず振り払ってしまうと、小さくごめん、と聞こえた。
「……でもほら、気をつけてよ、ハル。他の人が見たら誤解しちゃうからさ」
「誤解って、何?」
「えっ……」
「名前に触ることがいけない?」
「……そういうわけじゃない、けど」
「真琴だってこいつのこと、よく撫でてる」
「……そ、それは」
「だったら」
俺が名前へと近付くと、真琴は名前を自分の方へと引き寄せた。
「…………」
「……真琴?」
「……埃がついてる、なんて嘘ついて近づく人はだめだよ」
「嘘じゃない」
「…………」
『…………あ、あのー……真琴、どうしたの?』
「え? あ、名前!? え、いやこれはその!」
『そんな大声で謝らなくても』
「……ふっ」
こらえきれなくて、思わず声を出して笑ってしまった。怪訝な顔でこちらを見つめる真琴は、名前から手を離して小さく呟いた。
「……ハル、からかってるだろ」
「何がだ?」
「…………はぁ」
『……あっ、見て真琴、桜だ!』
きょろきょろと辺りを見回していた名前は、急に真琴の服を引っ張ってそう微笑みかけた。それに応える真琴も笑顔で、俺も自然と口角が上がる。
やり取りや雰囲気は恋人のそれなのに、気付いているのが俺だけというのも不思議だと、毎日思う。名前は何かあれば初めに言うのは必ず真琴だし、真琴も名前をいつも気にしている。
もっとも、真琴は最近幼馴染みである俺に対しても嫉妬しているから、本人も気づき始めているのかもしれないけど。
「もう春だね」
『早いね……。また同じクラスになれるかな』
「はは、もうここまで来たら最後まで一緒じゃなきゃ困るよね」
「……俺はもう飽きた」
そう言うと、名前はそんなぁ、とおどけて言ったあと、優しく笑った。
『遙は素直じゃないなぁ』
「……本当にね」
そう相槌を打った真琴も、酷く優しく笑っていた。
以前、名前から言われたことがある。私は真琴が好きだ。けれど、遙も好きだから、と。
「……だから、離れられないんだ」
先を歩く二人の背中に小さくそう語りかけたけれど、聞こえなかったのだろう。少しした後に、名前が立ち止まっている俺を呼んだ。
俺達はきっと、大切な時間を共に過ごしすぎて、わからなくなってしまったんだ。
どうしたって、誰かの一番になれるのは一人だけなのに。
『遙ー、どうしたの』
わかっているのに離れられないのは、俺達が幼馴染みだからか。
それとも。
「……何でもない」
立ち止まってこちらを見る二人に応えるように、俺は先を急いだ。
もう、後戻りなんて出来ない。あとは、進むだけだ。
敢えて名前をつけるとしたら
----------------------
……やっぱり、幼馴染みなんだろう。
prev / next