一万ヒット企画 | ナノ



プレゼント


「はい?」

ブチャラティの問いかけになまえはまさに口に入れようとしていたミートボールをポトリと皿の上に落とした。彼女に問いかけたブチャラティはエクステでも付けているのかと疑いたくなる長く美しい睫毛に縁取られた目をパチクリさせて首を傾げた。今日はブチャラティとパートナーを組んでの任務だった。大きな問題もなく予想外に早く仕事が片付いた為アジトへ戻り彼と少し早めのランチをとっていた。

「いや、だから、アバッキオとは付き合ってるんじゃないのか」

なまえはこめかみを押さえて混乱する頭を整理した。ブチャラティの部下のアバッキオ とは確かに仲は悪くないのかもしれないが決して仲が良いと思ったこともなかった。同じチーム、紅一点ということもあり世話を焼いてくれる彼をきっとブチャラティは勘違いしたのだろう。

「付き合ってませんよ。まずアバッキオが私を好きだなんてこともあり得ません」

長身の彼の隣はモデルのようにすらりと背が高い美しい女性が立つべきだ。間違っても日本から来たちんちくりんの女が立つべきではない。最悪親子に間違われてしまう。

「そうか?俺はてっきりもうアバッキオから告白を受けて付き合い始めてたのかと思っていた」

そう言ってブチャラティは品良くパスタを口に運んでいく。誰がこの優雅にランチを食べている男がギャングだと見抜けるだろうか…なまえはブチャラティにはわからないくらいの絶妙な視線を送り彼を盗み見た。

「…なんでそんな事を…」

「…気づいていないのか?アバッキオはいつもお前の席の隣を必ず確保しているだろう」

ブチャラティの言葉によくよく思い出してみると確かにアバッキオは自分の席の隣に腰を下ろしていることが多い気がする。でもナランチャが座る時もあるしいつでもどこでも彼が隣を陣取っている訳ではない。

というか毎回隣同士に座ったくらいで恋人同士に間違われてはアバッキオも迷惑なはずだ。

「うーん…偶然だと思いますよ。他意はない」

「…そう思うか?本当に?」

ブチャラティの青い瞳が体ごとこちらを向く。一瞬どきりとして少し体をのけぞらせた。本当にこのブチャラティという男は顔が良いということを少し自覚して欲しい。今まで何人のお嬢さん方がこの青い瞳に恋をしたのだろう。

「試してみるか?」

「ブチャラティ…?」

ブチャラティの指が頬に滑るようにかかり、ぐっと体を近づけられた。ブチャラティが付けている香水が微かに香り驚いて目を見開くと黙っていろ、と目だけで合図を送ってきた。急に近づいた距離と彼の色気で目眩がしそうだ…。

ガチャリとドアが開く音がした。ブチャラティは瞳だけを動かして背後を見るようにサッと視線を滑らせた。コツコツと革靴の音が近づいてきているが彼女からでは誰が入室してきたのかわからず不安気にしているとブチャラティの肩がグイッと引っ張られ彼との間に距離が空いた。驚いたなまえはブチャラティのジャケットが皺になるほど強く肩を握っている人物を見上げた。

「アバッキオ…!」

「随分、距離が近いな」

アバッキオの言葉にブチャラティは唇が引きつるのを隠すように口元を覆う。この男…笑っている。

「勘違いしないでくれ、なまえの顔に糸くずが付いていたんだ」

どこから取り出したのかブチャラティは長い指の間に細長い糸くずを捕まえてヒラヒラとアバッキオに向けて振ってみせた。彼は納得がいかないような顔をしていたがしばらくするとそうか、と言ってなまえに視線を向けた。

「C…ciao…アバッキオ」

「ブチャラティ、詰めてくれ。座れない」

「向かい側にソファがあるんだからそっちいけよ」

確かにブチャラティとなまえが座っているソファはローテーブルを挟んで向かい側にも3人がけのソファが置いてある。わざわざ成人男性二人と女性一人がギュウギュウ詰めでソファに座る意味がわからない。

「…詰めろ」

「断る」

即答で断るブチャラティに冷や汗がこめかみを伝う。何故そこまでここに座りたいのだろう…このソファが彼の特等席だっただろうかと思いついたがそんなことは思い当たらない。

『…気づいていないのか?アバッキオはいつもお前の席の隣を必ず確保しているだろう』

先ほどのブチャラティの言葉を思い出し恐る恐るアバッキオを見上げる。

「あの…アバッキオ…私…そっちのソファ移るから…ここ座る?」

なまえの言葉にアバッキオはしばらく何かを考えた後こくりと頷いた。腰を上げたなまえはパスタが入った皿とミネラルウォーターを向かい側のソファの前に移すとブチャラティの向かい側に腰を下ろす。

「アバッキオはランチは終わったの?」

笑って話しかけるとアバッキオはもう済んでる、と短く答えた後に彼女の隣に腰を下ろした。驚いて目を見開くと向かいに座っていたブチャラティが声を上げて笑った。

「随分ごねたな?アバッキオ 」

「…うるせぇな」

ブスッとただでさえも無愛想な顔をさらに強張らせてアバッキオは右腕をソファの背もたれに回す。なかなかの近距離に座られた為まるで背中に腕を回されているようで少しどきりとした。頬が熱くなっていくようでそれをごまかすようにパスタを口の中に一生懸命運んだ。

「…おまえ、何食ってんだ」

突然アバッキオの瞳がこちらに向き食後にとっておいたプリンを取り落としそうになった。先ほどブチャラティとアジトへ戻る帰り道にプリンを二つ購入していたのだ。

「プリンだよ…ここのプリンすごく美味しいの。一度食べてみたらいいよ」

「じゃあ、くれよ」

アバッキオの言葉に目を見開いて驚くなまえにブチャラティはまた口元を覆って笑っている。形のいい唇を開いて待つアバッキオに彼女は真っ赤になりながらスプーンを口内に運ぶ。

「…甘いな」

そう言って目を伏せる彼の長い睫毛や薄い唇、サラサラと流れる髪に目が奪われ思わず見惚れてしまう。やはりアバッキオの隣にいるのは自分では…似合わないなと改めて思い知り心臓が少しつきりと痛くなった。

「なんなら俺のプリンやろうか?」

ブチャラティが良い笑顔を浮かべながらアバッキオに尋ねると即答でいらない、と答えていた。その素っ気なさにまた驚きなまえは目をパチクリさせる。

「そ、そういえばアバッキオ…何か用事でもあったの?」

アバッキオが金銭の取り分や仕事の事以外でアジトに顔を出すのは珍しいことだった。わざわざ足を運んだということは何か理由があるはずだ。

「…おまえ、これから暇か」

「私…?う、うん…特に何もないけど」

彼女の回答にアバッキオは唇にうっすら笑みを浮かべた。そして彼女のランチの進み具合を確認するとおもむろに彼女の手を取った。

「飯が終わったら出かけるぞ」


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街中をアバッキオと一緒に歩く。長い足をゆったりと動かし彼女の歩幅に合わせてくれている当たり案外紳士的だ。

「アバッキオ…どこに行くの?」

後ろから付いてくるなまえを確認すると彼はぐるりと振り返った。アバッキオの行動の意味がよく読み取れず困惑している彼女の唇をゆっくりと指先でなぞる。

その仕草があまりに優しくて…茫然と彼を見上げ続ける。ふわりと風が吹きアバッキオの香水の香りが彼女の元へ届く。

「おまえ、元は悪くないんだ。もっとちゃんと化粧しろ」

「え……?」

聞き返すより早く手を取られてそのまま歩き出す。繋がれた手は大きくてアバッキオの親指と人差し指の間に殆どの指先が収まってしまうほどだ。

もしかするとアバッキオは化粧っ気のない自分を心配して一緒にコスメを見に行ってくれるのだろうか…だとしたら…デートか何かと勘違いして恥じらっていた自分はかなり痛い奴なのでは…

そこまで考えてなまえは真っ赤になった。

(私…どうして残念がっているんだろう…)
アバッキオに手を引かれるまま連れてこられたのはイタリアでも有名なオーガニックコスメの直営店だった。刺激の少ない原料で作られた化粧品は日本人の肌にも合うので一時期使っていたがいかんせん値段が全然可愛くなくて使うのをやめていた。

「ここって…」

アバッキオは店内に迷いなく入り店員に何か二言三言伝えるとなまえの方を指差した。店内にいる優しげな店員が彼の言葉に頷きなまえを手招きする。

「あの…私…」

「ご来店ありがとうございます、こちらに座っていただけますか?」

あれよあれよという間に化粧を落とされ冷たい化粧水が染み込んだコットンを頬に当てられる。

「優しいボーイフレンドですね、あなたに見合った化粧品は全て購入されるそうですよ」

ニコニコと笑う店員の言葉になまえはこれでもかと目を見開く。ここのコスメのラインを全て購入するとなると、どのくらいの値段になるのか見当も付かず青ざめる。

流れるように化粧を施されていきその心地よさに思わず目を閉じる。ここ最近は仕事ばかりでコスメなんて手に取る暇がなかったから正直とても癒された。

少しうつらうつらしかけた所で店員に優しく肩を叩かれる。のろのろと瞳を開けると普段では比べ物にならないほど愛らしいメイクをした自分が映っていた。

「…え、すごい」

渡された手鏡の中に映る自分は顔色が明るくなり目元のクマも消えている。店員はアバッキオの元まで使ったラインの説明に行くと彼は満足気に頷いていた。そして何点か追加で注文をしていて彼女はさらに青ざめることになる。

「アバッキオ…いいよ、そんな…」

「おまえは何も気にしなくていい」

上品なデザインの紙袋を下げたアバッキオはもう片方の手を彼女に差し出した。手を握れということなのだろう…素直に応じると彼は上機嫌で店を出る。

「…あの、本当にいいの?きっとすごく、高かったよね?」

困惑して声をかけるなまえを無視して彼は歩き続ける。噴水がキラキラと美しく光る広場まで歩くと彼女は痺れを切らしたように彼の前に立った。

「ねぇ、聞かせて…どうして…こんなに優しくしてくれるの」

彼と繋がれていた手がするりと離れそうになるがアバッキオが彼女の手を再び繋ぎ直した。今度は恋人のように指先同士を絡め合う。

「…俺が女に優しくする理由が…わからねぇほど子供じゃねぇよな?」

「…っ私…貴方の隣に立てるほど綺麗じゃないし、背も高くない、それに…」

噴水の水が二人の姿を隠すように高く上がる。アバッキオに流れるように頬を撫でられ気がついたら唇に優しくキスをされていた。彼女の瞳が大きく見開かれる。

呆然とアバッキオを見上げると彼は慈しむように彼女の頭をゆっくり撫でた。

「そうだな、なまえ…おまえの言う通りだ。俺の隣に立ったとしても今のおまえじゃ浮くだろうな」

「う…っ」

自覚はしていたが本人から直接言われると少し堪える…

「だから、俺好みにおまえを育ててやる…なまえ…おまえは綺麗だ…どんな女よりずっと」

そう言って長い腕が優しく体に回り彼との距離がゼロになる。微かに香る香水があまりに心地よくてこのままアバッキオと一つになってしまいたいと思ってしまった。

「…嬉しい」

ほぼ無意識で溢れていた言葉にアバッキオは微かに笑う。

「おまえ…案外鈍いよな…結構あからさまにアピールしてたんだから、もっと早く気づけよ」

「ふふ、何度も一生懸命隣に座ってくれて…ありがとう」

柔らかな彼女の笑い声に包まれてアバッキオはもう一度宝物を扱うように優しく彼女を抱きしめた。

(一万ヒット企画 リクエスト:アバッキオで甘々)




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