また逢える日を願って 心地いい、温かい 柔らかな手が手の甲を撫でる気配がする。 少しくすぐったいような優しい感触に導かれるように意識が浮上する。 「……」 「あ」 パチリと瞳が開きブチャラティは目の前にいる愛らしい少年と目があった。自分の髪と良く似た黒髪と顔立ちに目を見張る。 「……パパ、起きちゃった」 少年は驚いて毛布を手に持ったまま固まっている。ブチャラティは自分が今眠っていた状況を確認して彼が自分に毛布を掛けようとしてくれていたのだと理解した。 「…ありがとう、良い子だ」 優しく頭を撫でてやると柔らかな子供らしい髪の指触りが心地良くてなかなか離せなかった。少年の表情が嬉しそうに笑みの形に崩れる。 「ううん、ママがきっとパパは疲れてるから起きないよって言ってたけど、起きちゃったね」 えへへ、と笑って一生懸命自分の膝に乗ろうとよじ登ってくる。恐らく自分が目を覚ましたことがとても嬉しいのだろう。少年の脇に両手を差し込み膝に乗せてやるとその浮遊感が楽しかったのか声を上げて笑った。 どうしようもない愛おしさが胸に溢れ少年を胸板に押し付け抱きしめると小さな手が肩に回りぎゅう、と隙間なく抱きついてくる。 「…大きくなったな」 「僕ね、また背が伸びたんだ、また壁に線書いて!お願い!」 「おいおい、前回線を引いたのは1週間前だろ?いくらなんでも早い」 そう言って笑うと少年は1週間前から背が伸びているはずだ!と膝の上で上下に腰を飛び跳ねさせながら抗議してくる。むくれた顔が愛おしい女にそっくりで笑ってしまう。膨れた愛らしい頬を指でつついてやると子供らしい声でケタケタと笑った。 「こら、パパ起こしちゃったの?」 柔らかな声に顔を上げるとなまえと目が合う。結婚をして何年も経つはずなのに彼女を視界にとらえると高鳴る自分の胸に苦笑したくなった。彼女の腕の中には愛らしいまだまだ赤子と言っていい年齢の女の子が抱かれている。 「僕は起こしてないよ!パパが勝手に起きたんだよ!」 「Amore, 確かに俺は自然と目を覚ましたんだ。責めないでやってくれ」 そう言うと彼女は少年の頭を撫でごめんね、と謝った。ブチャラティの隣のソファが彼女の体重に合わせて沈む。柔らかななまえの髪がかかり彼女の頭がゆっくりと肩に預けられた。 「…お疲れ様」 「あなたもね」 ブチャラティはなまえの顎を優しく撫でその唇に口付けた。彼女の腕に抱かれている幼い少女が目を隠す仕草をする。 「ふふ、随分マセた反応だな?お姫様、パパは君のキスも欲しい」 ふくふくの柔らかな小さな手が頬にかかり唾液が多めの唇が頬に押し当てられる。キスというより頬にかぶりつかれた感覚に近い。ありがとう、と彼女に笑顔を向けるとまだ歯の少ない愛らしい笑顔を見せてくれた。 「ずるいよ」 反対の頬に今度は少年からのキスが落とされブチャラティは声を上げて笑った。腕を回して2人ごと抱きしめると小さい子供特有の柔らかな香りがして堪らず瞳を閉じた。少年の柔らかな笑い声が耳元で響きさらに強く抱きしめると苦しいよ、と腕をペチペチと叩かれた。 「ねぇ、パパ、海に行こうよ」 少年がお願い、と再び膝の上でピョンピョンと腰を跳ねさせる。 「わかった、わかったから跳ねるな。すごい振動だ」 少年を膝から下ろして小さな手を握ると子供の力なりにぐいぐい引っ張っていく。後ろを振り向くと少女を抱いたなまえがニコニコと笑いながら彼らを追いかけてくる。毎回ちゃんと後ろに付いてきているのか確認する様が可笑しかったのか彼女は少し苦笑いを浮かべる。 「心配しなくても、今は此処にいるわ…安心して」 (今は…?なんのことを言っているのだろう) 少年に手を引かれるがままに裏口から外へ出れば数歩も歩かないうちに砂浜が広がった。自分と良く似た容姿の少年は元気に子供らしく浜辺を走り回っている。普通の子供より早く大人にならなければならなかった自分とは似ても似つかない。 ーーだが、子供とは元来子供らしくあるべきなんだ 柔らかな潮風を感じて瞳を閉じる。 堪らなく幸せだと思った。 美しい空、穏やかな海、可愛い子供たち…そして愛する妻。ずっと憧れ続けた『家族』の形だ。 「あまり遠くへは行かないのよ」 そう少年に声をかけたなまえを振り返る。顔には皺が少し増えて若い頃よりほんの少しふっくらしたように見える。だが、彼女は変わりなく美しかった。 「……君は美しいな」 「ええ?あと何年かすれば40歳になるのよ?私」 貴方と同じ、と潮風に髪を拐われながら彼女が優しく笑う。 ーーー俺と同じ……? ヨチヨチと歩く少女を追ってなまえは彼の隣を通り過ぎていく。彼女の優しい香りが潮風と共にブチャラティを包んだ。 「ほら、貴方も来て、ブローノ」 キラキラと水面が3人の向こう側で輝いている。こちらに白い手を伸ばしてくるなまえの手をとり抱き寄せようと腕を引いた。 彼女が照れ臭そうにくしゃりと笑う。その様がとても愛おしくてつられて笑顔になる。彼女の香りが一層強く感じられてあまりの心地よさに目蓋が下がっていく。 最後に聞いたのはなまえの泣き声に近い声音だった。 「どうか、覚えていて…ずっと、愛してる…ブローノ」 ーーラ…ィ ーーーチャ、ティ 「ブチャラティ、大丈夫ですか」 「…、フー…ゴ…」 ハンドルを握ったままフーゴがこちらを心配そうに見つめている。自分の頭が冷たい車の窓に押し付けられていることから助手席で眠ってしまったのだと気がついた。ノロノロと瞳を上げるとよく見知った一軒家の前で車は停止していた。 「随分、穏やかそうな顔をしていたので…起こすのが忍びなかったのですが…もう貴方の自宅について30分は経っているので…」 なんとも言いにくそうに目を逸らすフーゴにブチャラティは小さく謝罪をしてシートベルトを外す。随分優しい部下を持った。 「日頃じゃ考えられないほど穏やかな顔をしてましたが…楽しい夢でも見たんですか?」 フーゴの問いかけにそうだな、と小さく返して先程見ていた夢の内容を思い出す。 「たしか…子供が出できた気がする…」 ーーそうだ、海もたしか出てきて…それから…… 「へぇ…」 ハンドルに寄りかかるようにしてフーゴは優しく相槌を打つ。ブチャラティの仲間になって一年ほど経つが漸く自分の前でも眠ってくれるほど信頼をされるようになったのだろうか、自然と唇に笑みが浮かぶ。 「子供ってどういう……」 フーゴはそこで言葉を失うことになる。 少し茫然とした表情を浮かべるブチャラティの両目からはボロボロと涙が溢れている。 ブチャラティが…泣いているのだ。いつも冷静沈着で、時には残酷にもなる優しい男が… 「ど…どうかしましたか?具合でも…」 「いや、すまない」 ブチャラティは右手で額を覆い俯いた。彼のスラックスに新たなシミがポツポツと増えていっていることからまだまだ泣き止む気配はない。 フーゴは動揺を悟られないように車内のどこにティッシュが備えられているのか必死で思い出していた。 「途方もない、夢を見ていた気がするんだ…」 フーゴのダッシュボードを漁る手がピタリと止まり眉に皺を寄せて苦しそうに泣くブチャラティを見つめる。 「優しくて、とても残酷な…」 「ブチャラティ…」 欲しくてたまらなかったものを、一時だけ垣間見たような…そんなどうしようもない夢だった気がする。覚醒した直後からどんどん夢の記憶が曖昧になっていっている。 ーー君に会いたいよ もう誰に対して向けている感情なのかもよくわからないが…忘れてはならない人を忘れてしまったような…そんな不思議な罪悪感に胸が潰れてしまいそうだった。 「僕は…予知夢だとか…そういった類の話は信用してないんですが…もしかすると、あー…これは話半分で聞いてくださいね?ブチャラティ…あなたは…未来を…垣間見たのかもしれませんね」 そう言ってティッシュボックスを見つけて渡してきたフーゴはほんの少し頬が赤く染まっている。彼なりに必死で慰める言葉を選んでくれたのだろう。 ーー未来か… 「そう…だな、ありがとう、フーゴ」 溢れ出る涙はなかなか止まることを知らない。だんだん胸を焦がすような感情も薄れつつある…だがこの感覚が薄らいでいくことすら耐え難いほどに辛い。 君はどこにいるのだろう… 何処に行けば、どのような選択ができれば君に会えるのだろうか。 「それこそ途方もない…」 「……?」 困惑するフーゴに笑いかけてやる余裕もなくまだまだ熱く火照る頭を上げて天を仰ぐ。 いずれ、そう遠くない未来で…『君』と出会えることを切に願って… 彼は祈るように瞳を閉じた。 (1万ヒットリクエスト: 39歳のブチャラティの妻になっていて子供もいる家族パロ) [もどる] ×
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