贈り物 | ナノ



獣の檻を外して


「手を出されない…?」

アジトの三人がけのソファを1人で独占する見目麗しい男は心底どうでも良さそうにこちらが先ほど発言した言葉を鸚鵡返しした。

彼の向かい側には女性が眉をハの字にして何とも張り詰めた表情をしていた。

「そうなの…。もうブチャラティと付き合って一ヶ月も経つのにキスもしてないんだよ…おかしいと思わない?」

「へぇ」

彼、レオーネ・アバッキオはチームメイトである女を一瞥して気の抜けた返事をした。少し前から上司であるブローノ・ブチャラティと目の前にいるナマエが付き合い始めたことはチームメンバーであれば誰もが知っていることだった。

「わ…私はもっと、こう、イチャイチャしたりしたいのに…ブチャラティは仕事中は無愛想なんだよね。あ、でもプライベートではすっごく優しいのだけど…」

「やめろ、お前らのプライベートとか興味ねぇよ」

このままでは要らぬことまで口走りそうな女を止める。そもそもなんで彼女が自分に相談をしてくるのかが彼にはよくわからなかった。そこでアバッキオは頭にチームメンバーを思い浮かべてゲンナリとため息をつく。

ミスタは派手な下着でも買って押し倒せといいそうだし、フーゴは…自分以上にプライベートなどどうでも良いと切り捨てるだろう…ナランチャは…根性論でどうにかなるだろとめちゃくちゃなアドバイスをしそうだ。

「なるほど、俺が適任か」

「その、私イタリアに女友達なんていないし…もうアバッキオしか聞いてくれる人がいないの」

涙目になってどうしたらいいと必死になるナマエに彼はもう一度ため息をついた。彼女は日本人だ。イタリア人から見ればかなり見た目が幼く見える。彼女は自分とそう変わらない年齢のはずなのに高校生と言われても全くわからない。

「見た目がガキだからじゃねぇの」

思ったまんまを口に出すと彼女は雷にでも打たれたように目をまん丸に見開いたまま固まってしまった。

「ガキって私ブチャラティと年齢変わらないんだよ?」

「5歳は若く見えるぞ」

「5歳?!」

それでは中学生の年齢になってしまう、とショックのあまり彼女は顔を覆ってしまった。そういう彼氏でもない男の言葉に一喜一憂する様も彼女を幼く見せる要因の一つなのだがこれ以上畳み掛けてしまうと泣かれそうなのでやめる。

「アバッキオ…どうしたら魅力的に見えるかな…」

「何だお前欲求不満かよ。抱いてくださいって言えばいいじゃねぇか」

「言えるわけないでしょ!馬鹿ですか!」

キッとこちらを睨む彼女にアバッキオはあくびが出そうになるのを必死で堪えた。

(めんどくせぇな…)

そして彼女を頭から足の爪先まで見つめる。恐らく土台はそこまで悪くない。髪に艶もあり顔は少し幼いが化粧映えはしそうだ。身長が低いのはヒールでカバーできるし服装もシックなものを着せれば十分大人っぽく見えるだろう。

「…おい、こっちこい」

「え…?」

人差し指でちょいちょいとこちらに誘うと素直に立ち上がり隣に腰掛ける。彼女の警戒心の無さに頭痛がしそうだが今は置いておこう。

後ろで一つで結んでいた髪を解いてやる。肩まである髪はさらさらと流れシャンプーの香りがこちらまで届く。

「アバッキオ…?」

片方の肩に全ての髪をまとめて流したところでナマエが少し不安そうにこちらを振り向いた。上目遣いのその表情はなかなか色っぽい。

「首に手を回して一言『してください』って言ってみろ。男はみんな単純だからアイツでも効くだろ」

「…………えっと、首に手を回して」

ナマエの手がこちらにゆっくりと伸びてくる。アバッキオは特に抵抗もせずに受け入れると彼女の手が首に回る。至近距離で不安そうに瞳を揺らしながら下から見つめてくる彼女にアバッキオは無意識に笑みを浮かべていた。

「…して…?」

小さい声だったが鼓膜を揺らした声音はなかなか色がのっている。

「………上出来…」

「ーー何をしている」

低い声がその場に響きナマエは慌ててアバッキオから距離を置いた。当のアバッキオは何事もなかったかのように再び背もたれに深く体を預けた。ドアノブに手をかけたまま眉間に皺をよせるブチャラティに彼女は顔面蒼白になった。

「あの、ブチャラティ、違うの、これは私が…」

「アンタが手を出さないから俺が練習台をさせられたんだ」

「アバッキオ…!」

練習台?とブチャラティが言葉の意味を噛み砕こうとしている。これまでブチャラティにひた隠しにしてきた思いをアバッキオはいとも容易く本人に伝えてしまった。恥ずかしさで今なら失神できそうだ。

当のアバッキオは一つ大きな欠伸をすると立ち上がり部屋の入り口まで足を進める。ブチャラティの隣を通り過ぎる際に何かを小さく耳打ちして部屋を出て行ってしまった。

「………」

(顔が…あげられない…)
冷や汗が吹き出すような感覚に彼女は拳をぐっと握り込む。浮気をしていたと思われてもおかしくはない状況だった。

「あの、ブチャラティ……」

謝ろうと顔を上げたところで彼女は血の気をなくした。ブチャラティに腕を掴まれ半ば強引に彼の執務室のある部屋に連れて行かれたのだ。何とか留まろうと足に力を入れても彼の足は一向に止まらない。いつもとは違う加減のない力強い腕に泣き出しそうになってしまう。

「待って、ブチャラティ、さっきのは本当に何でもなくて…きゃ…っ」

ブチャラティがいつも愛用している椅子に乱暴に座らされると肘掛けに彼が両手をつく。その表情は明らかに怒っていて謝罪しようと開いた唇からは怯えるような声が出てしまう。

「何でもない?首に手を回してあんな甘い声で『して』と懇願していたのに?」

「誤解を受ける行動だったと私も思う。本当にごめんなさい…アバッキオは悪くないの、私が…ん…っ」

アバッキオの名を出したとほぼ同時にブチャラティの唇が彼女の唇に押し当てられた。驚いて開いた唇を割って噛み付くようなキスをされる。

「ん…っぅ…っ」

逃げられないように頭を固定されて強引に舌を絡められる行為に体が強張る。うまく息継ぎの仕方がわからない。

「ん、ぁ…っぅ…ブチャラティ、待っ、んっ」

必死にキスに応えていると彼の指先が着ているシャツの中に入り込んできて肩がびくりと揺れる。彼の胸に手を置いて抵抗しようとするが硬い胸板が離れることはなかった。

ブチャラティの指がブラジャーにたどり着きゆっくりと輪郭をなぞる。これ以上の行為を許してしまったら本当に此処で抱かれてしまう。

彼女は今まで以上に強い抵抗を示した。手も足も使ってめちゃくちゃに暴れていると右手が彼の頬に直撃して乾いた音を立てた。

「あ……」

左頬が赤くなったブチャラティは打たれた体制のままピクリとも動かない。彼の髪が顔に流れていてその表情はよくわからない。

「ごめんなさい…でも…こんな形で…あなたに抱かれたくない」

堪えていた涙が頬を伝い落ちていく。
初めて彼からキスをしてもらえた筈なのに…胸の奥がとても苦しい。好きで好きで堪らない人だからこそ、彼とこんな形で結ばれたくないと思うのだ。

「君は…わかってない」

「え…?」

「手を出さないのは…君を大切にしたいからに決まっているだろ」

彼の青い瞳がゆっくりとこちらを向く。
いつものキリリとした表情は大きく崩れて彼を少し幼く見せた。まるで今の彼は…傷ついた子供のようで堪らず腕を回して抱きしめていた。

「ーーブローノ…不安にさせて本当にごめんなさい」

「……君は…わかってない」

「うん…ごめんね」

ブチャラティは彼女の頬に手を滑らせると先ほどとは比にならないほど優しいキスを落とした。頬から目尻に、額に、唇に…至る所にキスの雨を降らせるブチャラティをナマエは黙って受け止めた。

彼の細い指先が首筋から髪を優しく退かせると真っ白なそこへ噛み付くようにキスをした。

「ぁ、ん…っ」

濡れた音と首筋を伝う舌にどうしても唇から上がる声が抑えられず彼女は必死でゾクゾクと背筋を走る感覚に耐えた。最後にちゅ、と吸い上げられた場所が赤く色づき花が咲いているようだった。

静かな部屋に互いの呼吸音だけが響く。

「俺は…誰よりも君を欲している」

「ブローノ…」

「君は…知らないだけだ。本当は…立てなくなるほどキスをしたい。君の熱い中を暴いて泣くまで乱したい。俺なしでは生きられないと懇願させたい…そんな物騒なことを…俺はいつも考えてる」

優しく彼女の頬を包んで苦しそうに告白をするブチャラティにナマエはコクリと生唾を飲み込む。

(彼が私を想って固く閉ざしてくれていた扉を…強引に開かせたのはーー私自身だ)

彼女は瞳を閉じるとゆっくりと着ているシャツに手をかけた。ブチャラティの瞳が大きく見開かれていくが気にせずスカートにも手を掛ける。一枚一枚床に衣服が落ちていき肌を覆うものは下着だけとなった。

「ナマエ…」

「私も…貴方が欲しくて…堪らなかった」

彼の頬に手を添えてそっと唇を重ねる。
可愛らしいキスではなく誘うように舌を少しだけ絡める。

至近距離で見つめあい彼の開いた胸元に指を滑らせていく。

「…貴方を教えて、貴方なしでは生きられなくなるくらい」

葛藤するように揺れていた青い瞳がこちらを向き彼の手が肌に触れる。

いつもは美しいほど青く透き通った瞳に確かな獣を感じられて彼女は無意識に笑みを浮かべていた。

ーー見つめ返す彼女の瞳は同じくらいに色欲に濡れていた。




[もどる]



×