贈り物 | ナノ



Vuoi sposarmi?


「酒屋の一人息子が最近妙な連中と絡んでるんだとよ」

そう言ってアバッキオは心底面倒そうに酒屋が位置する地図の上をトントンと叩いた。ナマエは苦笑いした後にアバッキオに習って地図を見つめる。今日は彼と二人でみかじめ料の徴収を行っていた。いつも街をまわった後はブチャラティへの報告内容をアジトでまとめている。

「そう…ブチャラティに念のため報告しよっか…そういうことも耳に入れたいって言うだろうし」

「そうだな…まったく…俺たちはいつから街の相談所になったんだか…」

げんなりしているアバッキオを宥めていると少し離れたところでナランチャとフーゴが言い合いを始めた。いつもと変わらない風景ではあるが時折ヒートアップし過ぎてアバッキオに声が届かなくなってしまう。

「おい、テメェら…うるせぇぞ。言い合いなら外でやれ」

「だってさ!アバッキオ、フーゴがひどいんだよ…!」

「アバッキオ、一度こいつには言って聴かせないとダメなんですよ!今日だって…」

「うるせぇって言ってんだろうが」

アバッキオはぎゃーぎゃーと言い合いを続ける二人に額を押さえた。彼の額には青筋が浮き出ている。このままではアバッキオまで怒鳴り合いに参加することになるんじゃ…と内心気が気でない。

(これがブチャラティなら一言で二人とも黙ってしまうのだけどなぁ…)

彼らのリーダーであるブチャラティはギャングであることを疑うほど街の人間に慕われている。先日なんて腰の悪い老女に凄腕のマッサージ師を紹介していて笑ってしまった。些細なことでも見捨てられない彼の優しさは…魅力的であると同時に少しだけ心配になる。沢山のものを背負いすぎてしまう優しく強い人…そんな彼の力になりたいという気持ちはチームの全員変わらない。

「…ねぇ、アバッキオ…さっきの息子さんの話…ちょっと詳しく調べない?」

彼女の予想外の提案に二人を睨みつけていたアバッキオがチラリとこちらに視線をよこした後盛大にため息をついた。

「お前まで……やめてくれよ。お人好しはブチャラティだけで十分だ」

「でもさ…一応…」

自分たちが対応をしないのならブチャラティが直接解決に踏み出してしまう可能性が高い。忙しいブチャラティの手をあまり煩わせたくないのだ…そう提案をしようと顔を上げてアバッキオに向き直ろうとした時だった。

頬に強烈な痛みと衝撃が走り小さく悲鳴を上げてしまう。カラン、と耳に金属が床にぶつかったような音が届く。

「………!」

何が起きたのか理解ができず頬を押さえて固まっていると足元にフォークが落ちているのが目に入った。フォークの先端には血がついている。恐らくこのフォークが頬目掛けて飛んできたのだろう。

「見せてみろ」

アバッキオの落ち着いた声に顔を上げると彼は傷口を見つめて眉を顰め、次いでスクリと立ち上がる。

彼は無言でナランチャとフーゴの元へ行くと双方の頬を殴り飛ばした。呆然としていた二人は受け身もまともに取れずアジトの床に体を打ち付ける。

「ア、アバッキオ…!やめて…!」

「女の顔に何してんだお前ら」

ナランチャの首元を掴み上げるアバッキオを必死で宥める。彼の目は座っていてこのままでは二発目が叩き込まれそうだ。

「ご、ごめん…っまさかそっちにフォークが飛んでいっちまうだなんて…!」

「ナマエ、すみません…!大丈夫でしたか!」

珍しくフーゴが本気で焦った顔で両肩を掴み顔を覗き込んでくる。血が滲む頬を確認するとこちらが申し訳なくなるほど彼は顔を青くした。

「大丈夫よ、ね?落ち着…」

「だから黙れってあれほど言ったろうが…テメェらのクソみてぇな喧嘩になんで部外者が巻き込まれるハメになってんだ?」

地を揺らすようなアバッキオのドスの効いた声にその場にいた全員が口を紡ぐ。アバッキオはギロリと二人を睨みつけるとナマエの頬を流れる血を手直にあった布で押さえる。

「大丈夫か?痛みは?」

「だ…大丈夫…です」

珍しく本気で怒ったアバッキオの気迫に押されて固まっていると彼は手当てする医療品を買ってくるとアジトを後にしてしまった。

アバッキオが居なくなったことでアジト内は痛いほどの静寂に包まれてしまう。肌を刺すような静かさに耐えかねたナマエがチラリとナランチャを見つめると彼は大きな瞳いっぱいに涙を浮かべていてギョッとしてしまう。

「あ、あの!本当にそんな気にしないで!見た目は派手だけどそんなに痛くないし!」

なんで怪我をさせられたこちらがこんなに焦っているのか誰か説明してほしい。必死で二人に気にするなと語りかけるがナランチャもフーゴも表情が心配になる程暗い。

「ナマエ!!!」

「はい…っ!!」

それまで黙っていたナランチャに大声で名前を呼ばれ肩が跳ねる。彼はこちらに近づくとガシッと肩を掴んできた。

「俺、責任取るから」

「……………………………はい?」

「…ごめん、女の顔に傷を作るなんて…本当に悪いと思ってる。ナマエが良ければ…俺と結婚しよう」

ナランチャのとんでもない発言にナマエは口を半開きにしたまま固まった。一瞬何を言われたのか理解が出来ず反応も何も出来なかった。

「結婚って…っ意味わかってるの?!」

「わかってるよ…!でも俺、本気だから」

やけに真剣な顔をするナランチャのまっすぐな瞳に眩暈がしそうになる。この離婚がとんでもなく難しいイタリアで敢えて結婚しようなんて…絶対に意味をわかっていない。

「あのね、ナランチャ…」

「待って、僕を無視して話を進めないでください」

眉を顰めたフーゴが話に割り入ってきて内心ホッとする。頭のいいフーゴならナランチャのとんでもない発言を撤回させてくれる…そう思ったのだ。

「フーゴからも言ってあげてくれるかな?結婚って…」

「結婚をするなら、僕としましょう… ナマエ、幸せにします」

ナランチャの肩を掴んでいた手を払い除けると今度はフーゴに両手を優しく握られた。ナランチャに劣らない爆弾発言をした目の前の少年に意識を飛ばしたくなった。

「待って、お、落ち着く時間をください。何言ってるかわかってるの?!」

「分かっています。いずれ、貴女にはきちんと気持ちを伝えるはずでした。こんな形で求婚をすることになるとは思っていませんでしたが…貴女への気持ちは本物です、愛しています」

やけに情熱的な告白に頬に熱が集まり顔が真っ赤になってしまう。フーゴは普段から確かに優しく接してくれてはいたがまさか自分を好きなのだとは全く予想していなかった。

何か言ってあげないといけないのに唇はかすかに開いたまま意味のない母音を吐き出すだけだった。

「ちょっと待てよ!俺が気持ちもなく結婚しようなんて言うわけないだろ?!ナマエ、お前のことがマジで好きなんだよ…な?俺と結婚しよう」

フーゴから片手を奪い返したナランチャは彼女の掌を優しく握り込む。二人分の熱い視線を受けて彼女の頬は益々赤く染まり動揺しているのか唇が震えている。

まさか自分の人生で付き合おう、をすっ飛ばして結婚しようと告白されることが起こるなんて…!(しかも二人同時!)

「ふ、二人とも待って、手、離して…」

「離しません、僕を見てナマエ」

「離さねぇよ、俺と家族になろうナマエ」

ジリジリと迫ってくる二人にナマエは咄嗟に足を引いてしまう。すぐに壁際まで追い詰められて迫られる未来がそこまで見えている。

甘く名前を呼ぶ二人分の少し色っぽい声にたまらず目を瞑った。背中に冷たい壁の感触が伝わり涙目になる。

ーーああ、もうだめだ…

二人に何をされるのかわからない恐怖と羞恥で震える。

「おい」

ドカリと鈍い音と二人の呻くような声にきつく閉じていた目を恐る恐る開ける。

「怪我人相手に何やってんだテメェら…介抱もせず求婚だぁ?クズ共め」

目を開けた先には何とも冷たい目で蹴り飛ばした2人を見下すアバッキオが立っていた。彼の手首には恐らく絆創膏やら消毒液が入った医療品がぶら下がっている。

「アバッキオ…様…!!」

「様付けはやめろ、気持ち悪い。おい、手当てするからこっちへ来い」

既に固まり始めている頬の血が滲む傷を指さしてアバッキオは椅子へ視線を向ける。恐らくそこへ座れと言うことなのだろう。白馬に乗った王子様とは程遠いが何という救世主!

「ありがとう!助かったよ!」

「まったく、お前は押しに弱いんだから蹴飛ばすくらいの気概を見せとかねぇとすぐにヤられるぞ」

床に倒れ込んで蹴り飛ばされた背中を押さえている二人を睨むアバッキオを呆然と見つめる。数拍後に彼の言葉の意味を理解して顔が真っ赤になった。

ヤられるだの結婚するだの…!
まさかこんなにチームメンバーが自分を「女」としてみているとは夢にも思わなかった。

優しく頬の血を拭ってくれるアバッキオを何故か変に意識してしまい頬の熱が全然引かない。テキパキと手当てが進む中フーゴとナランチャが咳き込みながらアバッキオに抗議しようと文句を言い始めた。恐らく相当強い蹴りだったのだろう…二人とも涙目だ。

「おい」

「……ぁ、はい!」

フーゴとナランチャに気を取られているとアバッキオ に名前を短く呼ばれた。その声に反応して顔を上げると同時に唇に温かな体温を感じて目を見開く。ほんの数秒触れ合っただけの紫のルージュがゆっくりと離れていく。

「ほら、隙だらけだ」

ニタリと形のいい唇を吊り上げて笑うアバッキオは…悔しいくらい綺麗だった。

「は、はぁあ〜〜!!??」

昼下がりのアジトにフーゴとナランチャの絶叫が響いた。




[もどる]



×