萎えて溜息を吐いていると、いつの間にか眠りに落ちていた陽。 寒さにたまに身震いをしながらも、慣れてきたのか眠れることが出来たようだ。 そんなスナックお登勢と万事屋銀ちゃんの建物の前を夜であるというのに通りかかった一人の男が陽に気づいた。 こんな雨の中外で寝ている── しかも、民家の前で── 「………」 男…沖田は、地面に転がる石を徐に拾い上げて、怪しさ全開のターゲット目掛けて投げつけた。 それは陽の頭に見事にヒットし、可愛らしくない悲鳴を短く上げて陽が頭を押さえて起きる。 「いった…だ、誰!?」 「お前さん、何してんでィ?」 「え?」 辺りを見回すと、いつの間にか二階にまで来て陽の目の前に立つ沖田がいた。 予想外の人物が現れて陽は目を見開く。 「おっ、沖田さん!?」 銀時の次に好きなキャラ、沖田総悟。 何故真選組の彼がこんな所にいるのだろうか。 「俺のこと知ってんのかィ?」 「そっ、そりゃあ勿論!ファンですから!!」 「……ふーん。それで?何してんだよ」 「え?私は……交渉をしてもらおうかな、と」 「は?」 陽は苦笑して頬をポリポリと掻きながら事情を話し出す。 「あのですね、私帰る場所がなくて、ここに住ましてほしいんですけど、あっさりと断られてしまったわけで」 「それで、諦めたくなくてここにいるってのかィ?ご苦労なこった」 「あはは、好きな人の為なら何でも出来ますからー」 「何?ここに好きな奴がいるのか?」 「はい!愛してます。ついでに言えば沖田さんも愛してます」 「……………」 沖田は陽の発言に訝しげな顔をしながらも、陽の横に腰を下ろした。 それに陽がドキドキしていることなど知らず、沖田は「ついでかよ」と暫くして答えた。 「いやすんません、銀さん本気で、いやマジで好きなんですよ。全然相手にしてもらえてないですけどね」 「簡単に『好き』とか言ってるからだぜェ。冗談かと思われるに決まってるじゃねぇか」 「マジですか。じゃあ今の沖田さんへの『愛してます』発言はどう受けとられたんでしょうか」 「俺のも本気か」 「もちです!!」 「じゃあ俺の為にも何でも出来るってわけだな?」 「はいです!!」 「俺の奴隷にも?」 元気よく返事をしていた陽が、沖田の言葉に一瞬固まった。 予想通りの反応をする陽を、沖田は面白そうに見ている。 遊ばれていることなど知りもせず、陽は真面目に「奴隷」について悶々と考え始めた。 (…奴隷ってことは、何?パシリとかさせられるのかな。言う事聞かされるってことかな。いや、沖田さんならバッチコイだけど) パシリでも驕りでも、金がある限りは彼に尽くせる。勿論銀時にも。 「なれます!」 敬礼して答えてみると、今度は沖田の方が一瞬目を開いた。 しかしすぐにニヤリと笑い、陽の頬に手を伸ばす。 「じゃあ、俺の言う事聞くんだな?」 「は、はい」 「土方さん殺せよ」 「え!?無理ですよ逆に殺されますよ!」 「じゃあ土方さんのチ○コ握りつぶしてきて」 「お、恐れ多くてそんな……っ(ていうか全部土方さん!?無理!!)」 頬に触れていた手が、やがて顎を掴んで引き寄せる。 一気に近づいた沖田の顔。 目の前にある綺麗な顔に、陽が目を開き顔を真っ赤にさせる。 「それじゃあ、俺にキスしてみせろ」 陽の反応を見るのが面白くて出てきた、それはただの冗談。 予想通り更に顔を赤くしてオドオドとどうしようか迷っている陽は、見ていてとても面白かった。 「き、…キス……え、私…初めてなんですけど…」 「ふーん」 「(聞いてもらえない!!)…い、今じゃなきゃ駄目ですか?」 「当たり前」 「う〜…」 出来るなら、初めては全て銀時に捧げたかった。 今まで叶わなかったその願いも、可能性が見えてきたのだ。なんせ紙面にいた彼に、実際触れて、会話することができる程近づけたのだから。 数分程考えている間、ずっと状況は変わらず顎を掴まれて目の前に沖田の顔。 恥ずかしすぎて目を合わせられず、しかし顔を固定され俯くことも出来ず、視線が泳いでいる。 本当ならキスはあまりしたくない。しかし「奴隷になる」と言い切ったからには一つぐらい言う事を聞いておきたいわけで。 先程一世一代の告白を冗談だとスルーされただけに、自分の本気の想いをスルーされるのはもう真っ平御免なのである。 それに「奴隷になれる」と豪語しておいて沖田の命令を全て断るというのも、今後の信用に関わる気がしたのだ。 沖田は二番目に好きだ。しかし、銀時の好きとはずっと違う好きである。 勿論沖田も恋愛対象であるが、銀時は漫画で良い言葉を言っておいしい所をもっていき、不器用ながらに周りのキャラを救っていく姿に惚れたことに加え 自分の真っ暗になってしまった人生を救い出してくれた恩人である。 銀時と沖田とでは、その違いに大きな差があった。 「…………」 考えた末、陽は自分の顎を掴む沖田の手に触れてそっと離す。 行動に出た陽に何かと思い黙って見ている沖田。 陽は顔のほとぼりが冷めぬまま、戸惑いながら、ゆっくりと近づいてきた。 「…………」 マジ? 沖田は内心で呟いた。 冗談なのだ。 本当にするとは、思ってなかったのだ。 しかも、初めてもまだで自分よりも好きな人がいるのなら。 だからこそ困るだろう陽を見て楽しむだけのつもりだった。 陽の顔が目の前まで来て、相手が目を閉じて やがて二人の距離が無くなる。 「―――――」 感触は、唇ではなかった。 唇のすぐ横…本当にギリギリの所に、陽はキスをしたのだ。 数秒の温もりのあと、ゆっくりと離れた陽は真っ赤になって俯く。 「あ…の…口は、勘弁してください……パシリでも、お金がある限り奢りだってしますから……仕事手伝えってんなら手伝いますから…肩もみもしますから…」 「…………」 泣きそうな声で許しを請うように陽が言う。 しかしそれはあまり沖田の耳には入っておらず、遊んでいたはずの彼女の行動に沖田は呆然としていた。 「………あの…沖田、さん…?」 返事が返ってこないことに不安になって恐る恐る沖田の顔を覗き込む。 ――――…やられた 「………そういや俺、お前の名前知らねぇや」 「え?あ…常磐陽、ですけど」 「…陽、か」 「…!!!(名前で呼ばれた!呼び捨て!鈴ボイス!!)」 「じゃあ陽」 「…?」 「ウチに住まねぇかィ?」 「…………はい?」 沖田にとっての「ウチ」を考える。 すぐに浮かぶのは、やはり真選組の詰め所である。 思い出される真選組の面々。彼らも賑やかで馬鹿で、真っ直ぐとした良い奴らばかりで、陽自体も気に入っているキャラたちである。 だけど 「…………あ、有り難い…ですけど……やっぱり、もうちょっと粘りたい、です」 銀時のところに、住みたい。 真選組よりも、万事屋に。 「………ふーん。じゃあ駄目だったら来る?」 「そちらが良ければ!」 「駄目だったら良いのに」 「!?」 固まる陽をそのままに沖田は立ち上がり、欠伸を一つ漏らす。 「じゃあ、待ってやすぜェ」 「え、あ、はい」 沖田は最後に陽を振り向いて言ってからどこかへ行ってしまった。 行ってから、陽はしばし沖田との時間を思い出す。 なんだ。何だったんだ今までのは。 沖田の予想もできないような言動・行動は漫画でも当たり前だったはずなのに。まさか奴隷になるわ、キスをしてみろと言われるわ…… (…恥ずっっ!!) 最終的に辿り着いた、自分から沖田へのキス。彼氏もできたことがない陽にとっては初めての経験であった。 両手を頬にあてるが、どれだけ時間が経っても暫く頬に集まる熱は冷めぬままだろう。 (……何で銀さんだと、こういうチャンスさえ無いんだろう……) 沖田と話せてとても嬉しかったが…やはり、銀時と過ごせなければ、意味がない。 銀時がいなければ銀魂ではない。 「……っくしゅ。あ゙ー…さむ…」 01-06 |