純愛イミテーション/溺愛bery(8937)





今日も背後からの視線を感じながら過ごす。
授業中、休憩中、移動中、食事中、会話中、部活中。気にならないのは登校中と下校中だけだ。
振り向けば何事も最初からなかったように顔を背ける。何もないなら見るなと言いたいが、見ていないことを見せている現状では言うことができない。
俺がお前の視線に気付いていないとでも思っているのか。知ったようなこの台詞を何度も言いかけては喉の奥に押し止めて、ここまで来ている。

「真田君。」
「何だ。」
「…先程の数学で」

言い淀む間にお前が何を考えているかは知らない。しかし恐らく俺を隠れ見ていることと関連があることぐらいは分かる。
数学の話をするつもりではなかったのだろう。何かをひた隠しにする行為が癪に触る。だが、隠しておきたい事項が存在するのは人として致し方あるまい。だから、

「ですからこの場合右辺と左辺に……」
「柳生、」

だから、もう逃げるな。



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今日も彼の背中を見つめて過ごす。
授業中、休憩中、移動中、食事中、会話中、部活中。いつだって彼の背中は眩しく、遠い。
柳君に笑い、切原君に怒り、幸村君に微笑み、仁王君に諦め、丸井君に苛付き、ジャッカル君に怒鳴る。私には見せない表情を盗み見る度、高揚と寂寥が細波の様に心を揺らす。
彼にとって私は特別ではない。親友でもなければ後輩でもなく、幼馴染みでもなければ手の掛かる同級生でも無い。
ただ同じであるだけなのだ。クラスが、委員会が、部活が。ただそれだけの、それ以外の何者でもない、『特別でない』ものなのだ。

「真田君。」
「何だ。」

それはある意味で彼にとっての『特別』であるのかも知れないと、最近では思うようになった。
接した時間も少ない、接触の密度も薄い、お互いの胸の内を明かしたことなど微塵もない。だからこそある意味では彼の『特別』足り得るのではないかと、逆説的に思う。
真っ向勝負が信念の彼がまず『勝負すらしたことがない』のは、私だけだ。そして彼は恐らく、その事を知らない。
テニスでもそれ以外でも、私は彼に付き添うことはあれど、勝負をしたことは一度もない。勝敗が着くのを嫌ったというのも理由の一つではあるが、ただ単に私は彼の傍に居ることが好きだったからそうしていたという方が大きい。

「…先程の数学で」

クラスメイトだから、気付くことがある。
同じ委員だから、気付くことがある。
同じ部員だから、気付くことがある。
傍に居るからこそ、気付くことがある。
それは私が『特別でない』事実で以って、『特別』であることを物語っている。

「ですからこの場合右辺と左辺に……」

先程の時限、彼の手が止まった瞬間があった。小さく頭を抱えていたのが見えた。その間に終了のチャイムが鳴った。
昼休み、彼はノートを開いていた。私は恐らく彼がそうするだろうと分かっていたので、声を掛けた。
天井灯の明かりもなく、西向きの窓から静かな光が射し込んでいる教室は薄暗い。夏は終わったのだと、もう何度目ともつかない自覚が頭を過る。勿論彼は、私がそんな妙な叙情を持っていることなど知らないであろうと『思っていた』。

「柳生、」

私の解説を聞いていた筈の彼が口を開く。私の腕を掴む。きつく細められた瞳が、研ぎ澄まされた緊張感が、私を捕らえる。
彼が言葉を続ける。それは今の私にとって全てを否定することに近く、総てを肯定するものだった。





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