3.吐いた息は誰のもの(893789)
※暴力・特殊性癖注意





真田は自分から口付ける際、必ずと言っていいほど柳生の首元を押さえる癖があった。
下腕を棒の様にして喉仏を中心に全体を急に圧迫することもあれば、厚く広い右手で気道だけを少しずつ正確に留めたりと。方法は様々であれど、その目的は柳生の呼吸を止める一点に集中していた。
初めの頃こそは息苦しさのみを感じていた柳生だったが、真田の癖に気付いて数ヵ月も経つとすっかり慣れてしまい、むしろ多少でも首を締める感覚が無ければ落ち着かない程になっていた。
唇が重なり、そして腕なり指なりが首に触れる。その体温はいつも身体の中に炎を飼っているのかと考えるほどに熱く、それは柳生にとって根雪を溶かす春の快活な陽光を思わせた。
そして口付けと共に呼吸が奪われていく。遠慮なく口内の最深まで押し付けられる舌先は肺の中の全ての空気と引き換えに、刹那の至楽を柳生に与えた。
酸素の補給されない脳は段階を追ってその機能を低下させていく。まず指先が震え、目に映る色が絶え間なく反転する。そして無意識の内に真田から逃れようと最後の力でもがく内に、視界が徐々に白やんでいく。
やがて耳の奥から血流や鼓動が一塊の混沌となって白くなった意識を灰色に塗り潰していく。歯牙の一つ一つが、時折甘く食まれる唇が、絡ませ合われる舌が、真田の唾液に沈み行くのと同時に、柳生の意識もそうして深く溶けるような黒の中へと落ち込んでいこうとする。
すると真田は柳生の呼吸を開放するのが常だった。急激な呼吸の再開に柳生が咳き込み続けていると、心配そうな表情を浮かべて、大丈夫かと労りの言葉を掛けるのもいつものことだった。柳生はそんな真田の姿も愛おしいと考えていた。
自らが行っている行為ゆえに苦しんでいるのにも関わらず、まるで罪悪感を感じさせないその慰めこそが真田弦一郎と云う一種の偶像をより峻厳たる存在にしていると柳生は感じていた。それは真田から与えられる純粋な愛そのものであり、それを享受することこそが真田への愛を証明する唯一の手段であるとも柳生は理解していた。
だからこそ柳生はこの癖のことを真田に伝えたことは一度たりとも無かった。伝えると云う行為すら思い付かなかった。真田から与えられる愛情を何一つ余すことなく受け取るのであれば、自らの呼吸など生としての意味を何ら持つものではない。高朗たる逞しい腕の中で意識が消失していく感覚だけが、柳生の中に生の実感をもたらしていた。

そうしたある種の儀式が定着化してしばらくの後、柳生は時折自分の首に手を遣る癖がついた。
それは教室移動の最中であったり、塾の講義中であったりと、一人で居る時が殆んどであり、首に手を添えた段階では柳生自身気付かないこともあった。が、薄く赤銅色付いた痣に指先が触れたか触れないかのところで、その癖を思い出すのだった。
指を載せた瞬間に刺激の弱い、しかしながら明確な疼痛が目の裏に走る。それと同時に雄々しく不躾な真田の指が自分の首に伸びる映像が蘇り、柳生の身体は反射的に身震いする。
その結果、息苦しいとの感覚はあるものの、つい柳生はそのまま手の力を強めてしまう。小さく膨らんだ内出血跡は押し込む程に鈍く鋭い痛みを後頭部に広げ、急減した呼吸は甘くじんわりと脳を溶かしていく。
この痛みこそが、この苦しみこそが彼が私に与えたもうた愛そのものである。そう考えれば考えるほど、痣の疼痛はより甘く脳に響き、喉に当てた指は強く拍動する頸動脈により絡み付いていく。
例え傍に居なかったとしても彼の存在と愛はこの行為にて証明される。何と幸福なことだろうか。柳生は恍惚の息を一つだけ吐き、今日も手加減無く加わる閉塞感を待ち望んでいた。



[Fin.]


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