[アンタに好きって言えるなら](アカ→ユキ)





カンとボールの缶が跳ねる。カランカランと空中で回った缶はズサッとコートの上を滑って止まった。
オレはそれを見てから次のボールをトスする。狙うはセンターマークに置いた缶。
「あ。」
ズレた。と思った時には缶の前でバウンドしていた。
見事に立ったまま残った缶に、あーもうとオレはコートに寝転がる。
52回。副部長が2年の時にやったとかいう連続缶当て記録84回にはまだまだ遠い。バケモノ、とオレは呼吸を整えようと深呼吸をする。

「やぁ。」

3回目ぐらいの深呼吸の時、ひょこっといきなり誰かの顔が寝転がってるオレの前に出てきた。あまりにもいきなり過ぎて全然反応が出来なかったけど、出てきたのが幸村部長だったので、オレは少しだけほっとした。
これが副部長だった日にゃ、『神聖なコートに寝そべるとはたるんどる!』だのなんだの言われて間違いなく殴られる。
まぁ、それじゃない理由もあるけど。オレは寝転がったまま幸村部長を見た。幸村部長はいつも通り笑っている。
「缶当て?」
「まぁ。」
「ふふふふ…君は本当に真田が好きだね。」
オレはムカッとした。何でオレが真田副部長のこと好きってなるんすか。そうやってちょっと怒ってみると、幸村部長は少し困ったように、でも笑った顔のまま言い訳してきた。
「んー……だって関東の試合時間記録とか缶当てとか、全部真田の記録じゃん。」
「だって幸村部長記録ないじゃないっすか。」
「あるよ、公式戦連勝記録。」
うぐっと変な声が出てしまった。団体個人合わせて21連勝。バケモノ中のバケモノだったとオレは起き上がって、部長からちょっと目をそらした。
「そ、それは…」
「関東から赤也負けてないでしょ。それだけで4勝あるからー……」
ご、ろく、と指で数えながら幸村部長はオレの隣に座り込む。動いた時の風がふわりとオレの顔にかかった。
「…来年の個人で優勝したらギリギリ追いつくんじゃないかな?」
「それって地区も全部出てってことっスよね?」
「勿論。」
「絶対追いつくんすか?」
「んー…個人シードが無かったらね。」
「…個人シードって2年以降だとベスト8入りで付くんじゃないんでしたっけ?」
「あれ、そうだっけ? じゃあ無理かもね。」
幸村部長はあっさりそう言って、ごめんねとまた笑った。まぁもう慣れたからいいけどと思いつつ、オレはわざと文句ありげに言い返した。
「別にオレ連勝記録は狙ってないっすから。」
「何で?」
「弱い相手と戦って勝つなんてフツーじゃないっすか。」
オレはアンタに勝たないと意味がないんすよ。ちょっと口に出かけた言葉を飲み込んで、オレは気付かれないようにチラッと部長を見る。
部長はそうだねぇと言いながら空を見上げている。それで何で気付いたのかぱっとオレの方を振り向いた。
オレはドキッとして、慌てて視線をそらす。
「だって、オレの目標はアンタら3人をボッコボコにすることっすから。」
「んー…俺達以外にも倒したい相手が増えたんじゃない?」
「そりゃ…増えましたけど。でも、オレが強くなったのはアンタ達を倒したいからだし。」
視線はそらしたもののやっぱり気になってオレはバレないように幸村部長を見る。
この辺じゃあんまり見ない紺っぽい色の目。小さい頃はよくそれで色々言われたからあんまり言ってやるなって柳先輩が言ってたけど、でもオレはキレイな目だと思ってる。
思ってるから言ってあげたいって思ってるけど、もしオレがおんなじ感じでこの天パのことを言われたらちょっと微妙な気分になるから言わないでいた。
幸村部長はいつの間にか体育座りになって、いつも通りの笑顔で空を見ていた。何が見えてんだろとオレもあぐらを組み直して、顔を上げてみる。

「…赤也はさ」
普段と何も変わらない空を見ていると、幸村部長が話しかけてきた。でも部長は空を見上げたまんまだったので、オレも空を見たまんまで返事をする。
「やっぱり今でも俺が苦手?」
「…何すかその今更な質問。」
白いパンをちぎったような雲がちょこちょこ空に浮いている。あぁ腹減ったなとそこでオレはようやく昼飯を食ってないことを思い出した。
よくよく考えれば、今日は昼で帰ろうと考えてた気がする。つうか今日休みじゃんとはっと思い出して、オレは幸村部長を見た。
「幸村部長、」
「苦手じゃなかったら、」
言葉と言葉がぶつかって、幸村部長と目が合う。幸村部長の目は寂しそうで、なんかヤバいとオレは直感で気付いた。

「ひ、昼飯食いに行きましょ! オレまだ食ってないんすよ!!」

オレはばっと立ち上がって幸村部長に背中を見せた。ヤバいこれ以上部長のこと見てたらヤバい。急いでオレはラケットを拾って、ボールのカゴを持つ。
座ってたところとは反対のコートに入って、缶当てで使ったボールをカゴに入れていく。中腰の状態から目だけで部長を見ると着ていたのが制服なことに今更気が付いた。
あぁ補習かとオレは幸村部長がこんな休みの日にまで学校に来ている理由が分かって少し安心する。そうだよな、わざわざオレに会いに来たって訳ないよな。落ち着いた反面、ちょっとだけ残念になった気分になった。
部長はしばらく座ったままぼんやりしてるみたいだったけど、その内立ち上がってオレのところに歩いてきた。オレは急いでボールを片付ける。
「赤也、」
「オレ最近うまい店見つけたんすよ!」
「赤也、」
「魚系のスープだから部長も好きになるんじゃねぇかなって」

「赤也。」

部長がカゴを持った俺の腕を掴む。思ったより熱い手にオレは、動けなかった。
じりじりと夏の太陽みたいに背中の一点が焼けている。それは部長の目が真っ直ぐ俺を見つめていたからだった。
見つめられていると思うと、オレはますます振り返られなかった。顔が熱くて、恥ずかしくて、幸村部長の顔を見られない。
その内、オレが黙ったままなのに気付いた部長が手を離す。それと同時に小さく吐いた溜息に一体何の意味があるのかはオレにはよく分からなかった。
「…俺今日はチャーハンって気分かな。」
「そ、そうなんすか。あ、でもそこチャーシューうまいんで多分チャーハンもうまいっすよ!」
「ふふふ…期待してるよ。」
部長が胸の前で腕を組むのが目の端に見えた。その笑い方はさっきより楽しそうじゃなくて、オレは少し困ってしまった。
幸村部長は一体オレのことをどう思ってるんだろうか。苦手とかさっき聞いてきたけど、どっちかっていうと、オレがそれ聞きてぇし。
でもなぁ、とオレは地面を見る。そんなこと聞いたら何でそんなこと聞くのって幸村部長なら多分聞いてくる。聞いてこられたら、オレが困る。
赤也。幸村部長がオレを呼んだので、いい加減振り向く。ちょっとまだ顔は熱いけど、運動してたからってことにすればいいや。
「ボール。」
「あ、すいません。」
部長がカゴにボールを入れてくれた。それからふと目が合いそうになったけど、今度は幸村部長の方が地面を見る。その伏せた目の色がまるで昔見た海の色みたいでオレはつい目を細めてしまった。
ああ、やっぱりキレイだな。目だけじゃなくてちょっとストレートが入った髪とかお手本みたいなテニスのフォームとか、オレには部長の全部がキレイに見える。
「じゃ、オレ着替えてきます。」
「私服なら俺も一旦家に帰ろうかな。」
「…すんません、オレジャージで来てました。」
やっぱりね。部長がやっと普通に笑ってくれた。
やっぱり、アンタには笑顔が似合うよ。そう言いたかったけど、オレはどうにか我慢した。だってオレアンタの『後輩』なんだから、そんなこと言われても困るっしょ。
でもオレアンタのこと好きなんだよ。言いたくても言えない言葉をまた飲み込んで、オレは部室にカゴを持っていくことにした。



[End.]


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