[待ち合わせ](8937)





全国大会が終わり、濃密な日々が終わりを告げた。
引き継ぎの関係で9月引退が慣例となっている立海大付属中男子テニス部の3年生レギュラー陣は、後輩へのコーチを交代で行いながら、残り少ない夏休みを満喫していた。
地面のアスファルトから沸き上がる熱気、肌を焦がす太陽光線、加えて蝉の忙しない羽音。まさに真夏を実感する路地裏を歩く真田も、数少ない休みを楽しんでいる最中だった。
元々暑さを鬱陶しがるタイプではなかったが、今日は特段気にならなかった。蓮二あたりが見ていたら大方『気が逸っているな』とでも言われるのだろうなと思いつつも、真田は普段よりも若干速くなっている歩行スピードを緩めようとはしなかった。
「待たせたか。」
家からは大分離れた公園の休憩所にて真田が声をかけると、そこのベンチに座っていた先客が立ち上がった。
読んでいた文庫本を閉じ、組んでいた足をほどく。ゆったりと優雅な所作で真田に向き合った柳生は、普段の通りの笑顔でその声に答える。
「いいえ、10分前です。」
真田は腕時計を見る。9時20分。約束は9時半だった筈だかと周囲を見回すと、公園に設置されている時計がちょうど同じ時刻を指しているのが目に入った。
「この間『お互い早めに来てしまうので、せめて10分前までに来るようにしましょう』と言ったのはお前だろう。」
「私はきちんと私の時計で9時20分に着くように心掛けましたよ。」
「きちんと時計を時報に合わせていないからそうなる。」
よく見ろと真田は左手首に巻いた黒い時計を柳生に向ける。柳生はへぇと何とも言えない生返事をして、胸ポケットから金色の懐中時計を取り出した。
同じ色の鎖を手から垂らし、時計の蓋を開ける。ふむふむと些か芝居かかった仕草で確認した後、柳生ははっと顔を上げた。
視線が合う。何だと真田が首を少し捻ると、柳生もそのまま同じ行動をとった。
「これはあれですね。」
「何だ。」
「貴方よりも3分早く私は貴方に逢いたかったという気持ちの現れです。」
「いいから時計を合わせたらどうだ。」
「まぁいいじゃないですか。」
文庫本を大雑把にチノパンの後ろへ納め、柳生が隣に並ぶ。ボタンがきっちりと留められた七部袖を軽く上げ、呼び掛けるように真田を覗き込む。真田はハァと溜息を吐き、視線を逸らす。
「どうしてお前はそう妙なところで適当なんだ。」
「適当ではありません、事実です。」
「何をどう見たら事実になるんだ。」
「…3分ぐらいですかね。」
たわけが、と言い捨て、真田は裏拳で柳生の頭を軽く叩く。悪びれた様子もなく柳生は背伸びをして、一歩前に出た。
「さぁ、行きましょう。」
凝縮された影の下から鮮烈な光の中へ。そのコントラストの落差に真田の目が追い付かず、一瞬柳生が白に溶けて消えたように見えた。
柳生が手を伸ばす。差し出されたその手に真田は含み笑いを浮かべ、右手を載せて返答の代わりにした。
「今日は何処だ?」
「さぁ、特に決めてません。」
「ならば氷でも食べに行くか。御爺様からこの間良い店を教えていただいてな。」
「お昼前ですよ。」
「今日はお前と歩きたい気分だ。」
その真田の言葉の裏にある意図に気付き、柳生の口元が少々攣つる。離しかけたその手を強く握ると、真田は柳生の方へ顔を向けた。
視線が合い、見つめ合い、柳生が観念したように溜息をつく。所要時間は、という問いに、20分少々というた回答を返すと、隣の人物が空を仰いでいることが真田の視界の端に映った。
水分を干上がらさせる太陽、腕を流れ落ちる汗。真夏ということを思い知らされる休みの中で、真田は不思議と心地好い感覚を得たのであった。



[Fin.]


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