[この世界の価値は](ユキアカ+8937:[君の世界に愛は満ちて]エピローグ)





分かった?と幸村は微笑む。それを受けた真田は些か辟易とした雰囲気で頷く。
恋人自慢と自分への不服とその他様々に渦巻く正と負の空気を、微笑みを崩すことなく楽しげに淡々と語る。そんな感情を切り離したような幸村の話し方には慣れているが、流石に疲れた。真田はテーブルに置かれた紅茶を半分ほど飲む。
「でも君が俺と赤也について聞いてくるとは思わなかったなぁ。柳生の入れ知恵?」
「俺が気になっただけだ。柳生は関係無い。」
「ふーん。君も俺に負けず劣らず人に興味無いんだと思ってたんだけどね。」
良い変化だね。言い切る割りにはどうでも良さそうな口振りで、幸村はハーブティーの香りを吸い込む。ミントのほろ苦さが、喋り疲れた頭に染み入る。
「……親友が好きになった奴が男で、しかもよく知っている奴なら流石に気になりもするだろう。」
「そう? 俺は君のこと親友だと思ったことはないけど。」
「じゃあ何だ。」
「うーんそうだなぁ…幼馴染みとか腐れ縁とかで良いんじゃないかな。」
「どう違うんだ。」
「どう考えても全然違うでしょ。」
さっきも言ったじゃん、と幸村はカップをカフェテーブルに置き、足を組み替える。

「君は俺と見てきた世界が違うんだから、まず俺のことが理解が出来ないんだって。」
「理解しないと親友にはなれないのか?」

真田がストレートの紅茶を啜りながら放った一言に幸村は固まる。そしてあーと気の抜けた音を発したかと思うと、何とも言えない表情で頬杖を突く。
―――それはまぁ…そうだよね。俺には赤也が居るから、今更他人に俺の見えてる世界を理解してもらわなくても充分な訳だし。
だとするなら親友でも腐れ縁でも幼馴染みでも意味するところは結局同じ……?―――
あれー?と幸村は首を傾げる。本当に分かってこの質問をしてきたのかどうかは疑わしいところだが、中々に手強い切り返しをするようになったのは確かだ。心の中でそう称賛しつつ、幸村は目の前の相手を変化させた『恋人』の顔を思い起こしていた。
「そう言えば君の恋人は遅いねぇ。」
「赤也を迎えに行ってから来ると言っていた。」
テーブルの上で指を組んでいた幸村は少し首を傾ける。そして左手首に巻いた腕時計を確認すると、再び真田を見た。
「後10分もあるよ。」
「だから何だ。」
「後10分も君と待つとか飽きたよ。」
「……柳生の言葉を借りるなら『10分待つと、いざ逢えた時の嬉しさも10倍になる』らしいぞ。」
「何その紳士的発言。俺紳士じゃないからそう思えないかなー。って言うか『君と待つ』っていうのが重要なんだけど。」
「知らん。俺と待つのが嫌なら蓮二を先に呼べば良かっただろう。」
「やだよアイツら絶対2人で来るから俺だけ1人とか寂しいじゃん。」
「ならお前が赤也を迎えに行けば良かっただろう。」
「それじゃあ面白味がないじゃん。分かってないなー。」
適当かつ結局は自分への攻撃となる幸村の発言に、さしもの真田も頭が痛くなる。確かに腐れ縁の方がしっくりくるやも知れんと、危うく心が折れかけそうになる自分を鼓舞しつつ、引き続き会話に付き合う。
「遅刻魔の恋人とのデートに、敢えて待ち合わせを設定する。遅刻したらめって出来るし、しなかったら褒めてあげられるし、まさにロマン。」
「下らんな。」
「別にいいじゃん。俺はお前と違って逢う前から既に楽しみを見出だしてるんだからさ。」
「さっきと言ってることが違うぞ。」
「一貫してるよ『君と一緒がやだ』ってことで。」
「……赤也にも同じ態度なのか?」
「そんな訳ないじゃん、俺だって好きな子の前では格好付けるさ。」
「じゃあ俺はお前に嫌われているのか?」
「そーだよ俺お前のこと嫌いだよ。」
今更じゃんと堂々と宣言する幸村に、真田は溜息をつく。ここまで面と向かって嫌いと言い切られるといっそ清々しい。
だからこそ今までついてこれたのだろうなと自己分析し、思わず笑みが浮かぶ。それを見た幸村は大体真田の考えを察したらしく、不満げに唇を尖らせていた。

「はよございます!」
「おはようございます。」
2人がちょうど紅茶を飲み切った頃、切原と柳生が現れた。真田はカップとトレイを片付けつつ、時計を見た。時間通りの到着。
「やぁおはよう。今日も良い天気だね。」
「おはよう。だがもう少し早く来たらどうだ。」
「……君は他に言うことが無いのかい。」
「待ち合わせには10分から5分前までに着いておくべきだ。常識だろう。」
「もっとこうあるでしょ『俺は君に早く逢いたかったんだけど、君はそうじゃないのかな?』的なさぁ。」
「無い。いい加減赤也を甘やかすのは止めたらどうだ幸村。」
「甘やかしてなんかないよ。っていうか俺のやることに口出ししないでよ真田の癖に。」
「ならお前もいちいち俺に突っかかるな。」
本人を差し置いての言い合いに、幸村はなんだよーと唇を突き出し、真田はハァと呆れたように溜息をつく。そのお互いの恋人の態度に切原は困惑した表情を浮かべ、柳生は少しだけ苦笑いをした。
「…取り敢えずオレのせいなんすかね?」
「まぁ遠因は。」
「赤也は時間通りに来たから気にしなくていーよ。でも次はもう少し早く来てくれると嬉しいな。」
「幸村……。」
真田は閉口する。もう何も言うまい。落胆したその姿を横目で見つつ、柳生は歩き始める。
「さぁ痴話喧嘩してないで駅に行きますよ。」
「してない。」
「俺だって嫌だよこんな奴と痴話喧嘩扱いとか。」
「相変わらず仲悪いっすね。」
「仲が良いんですよ。」
「……良いのか?」
「良くないよー。」
「はいはい仲良いですねお2人とも。」
多少嫉妬しますよ。じろりと柳生は半歩前を歩く真田の背中を睨む。視線を感じた真田はそれにも辟易しながら、駅までの道を進む。

一方の幸村は柳生の背後についた切原に歩調を合わせた。それに気付いた切原は不満げな幸村の様子を伺い見る。そして視線が交わると、切原は困ったように眉を下げ、幸村はにっこりと笑った。
「何すか。」
「赤也は俺の大事な人だから、テニス以外で甘やかすのは仕方ないよねー。」
「何すかいきなり。」
「いやーさっき真田に話してたんだよ。俺が赤也を好きになった理由。」
途端に切原の表情が暗くなる。何言ったんだこの人、もしくは何で言えるんだこの人って感じかなと予測しつつ、幸村は下から顔を覗き込んだ。
何言ったんすか。切原は幸村から顔を背けると、溜息混じりに尋ねる。幸村は答えようかと一瞬考えたものの、止めた。
「初めてキスしようとした時の赤也の顔が可愛かったって話。」
「嘘でしょ。」
「真田に聞いてみれば?」
「嫌っす。そんなこと聞いたら絶対殴られるっす。」
「んーそんなことはないと思うけどなー。」
「そりゃ部長は部長だからでしょ……。」
そーかなーと能天気な声で呟きながら、幸村は何故か立てた人差し指の先をくるくる回す。いつの間にか駅まで残り曲がり角一つになっていた。

その時パンと手を打つ音がした。そして何か得心したらしい幸村は1歩前に出て、切原の前に立ち塞がる。
「だから何なんすか部長!」
これには流石の切原も苛付く。が、幸村はいつもの通り問いかけた。
「赤也にとって俺ってどんな存在?」
「……何で今それ聞くんすか……。」
「俺が今気になったから。」
またかよと切原は天を仰いだ。しかし幸村はきらきらとした瞳で見つめてくる。
前の2人は気付いてないのか気にしていないのか、もう大分離れた場所まで進んでいた。切原は1度深く息を吐いた。
そして、いいですか、と言い含めるように切り出す。その後に続いた言葉に、幸村は少しだけ笑った。


「アンタはオレにとって倒すべき相手で、それ以上でもそれ以下でもないっスからね!」



[End.]


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