[その価値は貴方にだけ伝わればいい](ユキアカ&8937:[信じるに値する愛]エピローグ)





そう言って笑う後輩に柳生は目を細める。しかし話が興に乗るにつれ、手が止まっているのはいただけない。
旧生徒会室で資料整頓の作業をしていた柳生はたまたま現れた切原に手伝ってもらっていた。そこでかねてから気になっていた、彼と幸村が付き合い始めたきっかけについて尋ねてみた。
思い出しながら少しずつ進む切原の話は途中こんがらがる部分がありつつも、終始暖かい感情の中にあった。勿論それは見ている柳生にも充分に伝わるほど、切原なりの精一杯の『好き』の気持ちだった。
「羨ましいですね、貴方にそれほど想われる幸村君が。」
「そうっすか? でもそれはオレが勝手に思ってることっすから。」
あ、さっきのは部長に言っちゃダメっすからね!と切原は思い出すように付け足した。その真剣な表情に、彼は彼なりに自分の目標を果たそうとしているのだと感じた柳生はほんのり笑うだけにとどめた。
「さて切原君、こちらのファイルは終わったのですが…」
「え? あっ、ちょ、ちょっとタンマ! もう少しでこっちも終わりますから!!」
柳生の言葉で整理されていない書類が手元にあることを思い出した切原は慌てて並び替え始める。集中力は人一倍ある代わりに物忘れの激しい彼らしいその様子に柳生は微笑む。ただ書類はもう少し丁重に扱って欲しいものだと内心思っていた。
ギィと金属が軋む音がして、柳生と切原が扉に振り向く。そこにはいつも通り穏やかな笑みを浮かべた幸村と仏頂面の真田が立っていた。おや、と柳生は驚いた。
「幸村君は何故ここに?」
「さっきまで真田と話しててね。柳生の所に行くって言われたからついてきたんだ。」
「珍しいですね。」
「ふふっ、まぁそうかな。」
仁王に勝るとも劣らず神出鬼没な幸村だが、この旧生徒会室に来る用事があるとは思えない。それは切原も同様であり、柳生は改めてこの2人が持つ偶然の力を目の当たりにした気分だった。
幸村を見た切原は作業の手をこれまで以上にスピードアップさせた。彼も『恋人』と共に帰るつもりなのだろう。だとしても言い出した分はきちんと手伝ってもらおうと、柳生は涼しい顔をしてファイルを棚に戻した。
「では切原君、作業が終わりましたらここにファイルを入れておいてください。」
「あっちょっ手伝ってくださいよ!」
「私は貴方が手伝うと言われましたので作業を配分したのです。言い出した分はきちんとしていただきませんと。」
そりゃないっすよーと脱力した声に笑いつつ、柳生は腕組みしている真田に触れる。しぼんでいった切原に何事か言いかけていた真田は柳生の微笑みでとどまり、促されるままに旧生徒会室を出た。
退出する際、柳生は振り返って笑いかけた。その視線の意味を受け取った幸村は小さく手を挙げて応える。

重厚な扉が閉まり、少し埃っぽい部屋には切原と幸村の2人が残った。切原は些か不服そうな顔をしながら、机中に広げた書類を日付順に揃える。そんな切原の隣に座った幸村は微笑みを崩さないまま頬杖をついた。
「何話してたの?」
「何がっすか?」
「柳生と。」
廊下に居た時に話し声が聞こえてきたからと幸村は続け、近くにあったプリントを手に取った。切原はうーんと唸りながら、書類の向きを揃えた。
「『何故切原君は幸村君と付き合い始めたのですか?』って聞かれたんで、それに答えてたんす。」
「へぇ。何て答えたの?」
書類を立てて高さを合わせていた手が止まり、幸村はそれを見て大体を把握した。
薄く笑みを見せたかと思えば、幸村は持っていた書類を隣の切原へ手渡す。あ、と最後のプリントに気付いた切原はそれも含めて、ファイルに収めた。
「終わったっす!」
「お疲れ様。そう言えば何でここに居たの?」
「それはこっちの話っすよ、何で部長がここに来たんすか?」
「俺はさっきも言ったけど思い付きだよ。」
「オレもそんなもんっすよ。たまたまっす。」
柳生から指定された通り棚にファイルを入れると、切原は背伸びをして椅子に座った。ふぁーと気の抜けた欠伸をして机に突っ伏した恋人の髪を幸村が撫でる。切原はいつものように手の主を目だけで見上げた。
「眠いの?」
「眠いっす。」
「何で?」
「ぶちょーの仕事が大変だから。」
「そうなんだ。」
お疲れ様と幸村は髪を撫でる。切原はうーんと小さく唸りながら目を閉じる。

そしてしばらくすると、寝入った呼吸が幸村の耳に届いた。癖の強い巻き毛に指を絡めながら、微かに幸村は笑う。そして『仕事が大変』というのはあながち嘘ではないようだと実感する。
赤也は誰が一人だとまるで引き寄せられるように傍に行ってしまう。勘というか本能というか。
恋人の無意識に感心しながら、幸村は手を離し、音をさせないように椅子を近付けた。古い長机の上にかかる陽光が穏やかに降り注いでいる。
光を描き出すと言われる画家の一作を思い浮かべながら、幸村は囁くように切原に話し掛けた。
あの日自分が救われたように、名前を呼んで手を伸ばすことが何よりも大切なことだと知ったから。例え聞こえなくても、その名前を呼ぶことに意味があった。


「君自身が気付かなくても、俺は君のそんな優しい所が大好きだよ。
 ありがとう、赤也。」



[End.]


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