[願わくはこの世界が消えることを](ユキアカ)





夏は陽が暮れるのが遅い。
部活終わりの帰り道、オレンジ色の光の中。高く繁ったイヌビエの葉が気紛れな風にさざめく。

「あーマジ暑いっす、やってらんねーっすよマジで。」
「でも幾分か風が吹いてきたから涼しいと思うよ。」
「いや、太陽が暑いんすよ。何ていうかこう、焼けるみたいな。」
みたいじゃなくて、焼けてるんじゃないかな。夏休みを満喫しているであろう焦げ茶色の肌を見て、思わず笑ってしまう。
「あ、今笑いましたね。」
「うん。だって赤也もう充分焼けてるのにまだ焼けるんだって。」
「焼けるんじゃなくて勝手に焼けてんですから仕方ないじゃないっすか。……ん?」
自分の発言を頭の中で反芻して首を傾げている。相変わらず可愛いなと思った。そしてふと、空が見たくなった。
見上げた空は太陽のグラデーションが染め抜かれ、散り散りになった雲はまるで白い羽根のように淡く浮かんでいる。絵にしたいほど、鮮烈で、何処か寂寥感のある空だ。

「ねぇ赤也。」
「何すか。」
「俺は赤也のことが好きだよ。」
「いきなり何なんすか。」
振り返り、視線を合わせる。すると何かよく分からないけど通じあった気がして、ほんの少しだけ心が救われた気がした。
「いつか赤也と俺は離れ離れになってしまうかも知れないからね。今の内に、言えるだけ君のことを好きだって言っておきたい気分なんだ。」
笑ってみせると、苦い顔で返事された。その表情は、何か愛情とは違う感情を抱えている。見ていて、とても愛おしく感じる表情。
一歩近付き、頭を撫でてあげる。むっと不服そうな顔をされたけど、気にしないことにした。
「だって俺がこの後すぐ死んじゃったら、赤也に好きってもう二度と言えないんだよ?」
「…縁起でもない。」
「でもあり得ない話じゃない。」
「ありえないっす。」
「何で言い切れるの?」
「先輩がそうやって言うからっす。」
死にたいって言ってる人はそう死なないって柳先輩が言ってたっす。きょとんとしていると、そう返ってきた。
意味が分かると思わずあははと笑ってしまった。前に言ったこと、気にしてたんだ。
「俺は死にたいとは言ってないよ。」
「そんな感じじゃないっすか。」
「まぁ…そういうことは考えてないことはないって言い切れないかなぁ。」
歩き始める。後ろから足音がして、服の裾を掴まれた。
振り返れば、必死そうな悲しそうな顔があった。まるで捨てられそうな子犬みたいだ。立ち止まって、手を取る。


「俺は、いつか死ぬよ。」

濃い影が落ちる。太陽の色が鮮やかであればあるほど、影は黒く深くなる。それは人の命と同じなのかも知れない。
「だから君には、俺が君のことを誰よりも愛してたことを覚えてて欲しいんだ。」
頭を撫でると、猫っ毛がくすぐったかった。
「赤也が覚えてくれている限り、俺は死なないから。」
ざらり、と風が音を立てた。


「…アンタ何でそんなこと言うんだよ。」
「赤也が可愛いからかな。」
「何言ってんの?」
消え入りそうな声。唇を噛みしめ、俯く顔。本当に消え入りそうなのはどっちだろうか。
「赤也、」
額を合わせると、今にも泣き出しそうな怒り出しそうな顔が見えた。触れ合わせた熱が肌に染み入る。
「俺はね、もう迷わないことにしたんだ。人間いつ死ぬか分からないからね。」
「死にたくないくせに。」
「俺が死にたくないのは君がこの世界に生きてるからだよ。君が居ないなら、俺は生きる必要が無いもの。」
「嘘つき。」
伝わらない、とも感じるし、伝わってる、とも感じる。分かっていても理解出来ないと言い換えるべきだろうか。
手首を握って、前を向いて、また歩き出した。何ともつたない歩き方が背後でする。好きだ、と思う。
「一緒に死ねたら楽なのにね。」
「…何でそんな嘘つくんすか。」
「行動すれば嘘も真になるよ。なんなら―――」
言いかけて、やめた。出来ないことは言うべきではない。例え本当であっても。
上を見る。いつの間にか、紺が世界を覆っていた。よく分からないけど、胸騒ぎがした。
手を離して、しばらく立ち竦んだ。限界が見えると、人は泣きたくなるらしい。


「…幸村先輩。」
優しい手が頬に触れる。曖昧な視界が、瞬き一つで変わった。
「早く帰りましょ。オレ腹減ったっす。」
語りかけるその瞳は神々しい慈悲に満ちていた。光だと思った。世界だと思った。すがりついて、泣きたかった。
「…そうだね。」
彼が手を取って歩き出す。あぁこのまま世界が終わってしまえばいいのにと、俺は心の底からそう願った。
夕日が地の果てに落ちる。そして明日が来ることを想像して、生きる希望が潰えていく。残念ながら、それが生きるということなのだろう。


とても、死にたくなった。



[End.]


ユキアカ目次へもどる
トップにもどる


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -