[作業。](8720)





「いたっ。」
指を見る。一筋白い線が入ったかと思えば、あれよあれよという間に赤い丸が現れる。膨らむ。その様子にあーと気の抜けた声が出た。
印刷したばかりの用紙だったせいか、案外ざっくりと切れてしまったらしい。まぁええかと指をねぶってから、もう1度紙を取る。
「待て。」
残りの紙の高さを合わせようとしたところで後ろから両手首を掴まれた。仁王は面倒そうに振り返る。
「何ね。」
「怪我したなら言え。」
右手の中指を今度は柳が咥わえる。些か呆れるような口調で注意した後、机に置いた筆箱の中から絆創膏を取り出す。そのせいで背中にのし掛かれた形になった仁王は思わずおおぅと唸る。
「こんなん大したことなかろ。」
「紙が痛む。」
即答された答えに仁王はむっと口を尖らせる。
「…何じゃその言い方。」
「お前のバックハンドに乱れが生じる。」
「ふつーに心配せぇよ。」
「して欲しいのか?」
「いや別に。」
「そうか。」
絆創膏の外身を剥ぎ、ガーゼ部分を傷口に当てる。じんわりと斜めに血が滲んでいる箇所を大体覆いつつ、くるりと指を回す。絆創膏は見事に巻き付いた。
仁王はそのまま体重を後ろに傾ける。背中と首筋に感じる体温を少々高いと考えていたが、おいという一言と共に元の位置に戻らされる。仁王はまたも口先を突き出し、不満の意を表す。
「何ね。」
「まだデータの整理が済んでない。」
「ええやん別に。」
「俺が嫌なんだが。」
「完璧主義は疲れるだけナリ。」
仁王が上半身だけで振り返ると、ちょうど柳が立ち上がりかけているところだった。両膝を床から離し中腰になっている状況を見て、ややっと仁王は腕を伸ばす。
が、中途半端な体勢では何ともならず、柳は何事なく立ち上がった。仁王はその勢いのままぺたりと床に貼り付く。座布団の外の床は案の定冷たい。
「…そんなことしてる暇があったら、さっさとその紙に穴を開けてファイルに綴じたらどうだ。」
「あーきたー。」
床に寝そべったまま仁王は柳を見上げる。伊達にテニス部一の長身やないなぁとその迫力を体感しつつ、仁王はごろりと横に身体を向けた。視界は一転して、柳の定位置であるパソコンデスクがある景色へ変わる。
「まだ始めたばかりだろう。」
「そないなことないよ、もう30分経っとる。」
「まだ30分だろう。」
溜め息と共に柳の膝が下がる。そして髪に差し入れられた指に、仁王は少しだけ頭を上へ向けた。
「後30分頑張れ。」
「せやったら1時間やることなるやん。」
「では質問を変えよう。30分2セットと1時間1セットどっちがいい。」
「一緒やん。」
「朝三暮四という言葉があってだな。」
「一緒やんって。」
わさわさと撫でられるままでいた仁王は突然跳ね起きると、そのまま柳の右腕を掴む。一方掴まれた側の柳は面倒そうにまた溜息を吐き、膝立ちになる。仁王と柳の視線が同じ高さに並ぶ。
「暇、腹減った、構いんさい。」
「だが断る。」
「何でよ。」
「整理整頓は中途半端に終わるのが一番良くない。片付けたものが何処にあるのかをきちんと確認しないままにしておくと」
「お前さんやったら覚えとるやろ。」
「…俺とて整理されていないデータは覚えられない。」
だから諦めろと付け足し、柳は掴んできた仁王の左手首を持って、下に降ろす。そしてそのまま立ち上がり、元居た椅子に戻った。
結局放って置かれた仁王は胡座をかき、つまらん暇とぶつぶつ呟きながらテーブルに向かう。そして再度紙の束を手に取り、縦横に高さを揃え始める。
「あーあー何でこない融通利かんのやろうなーウチの参謀はー。」
「普段利いてる分家に居る時はリラックスしたいのだろう。」
「他人事じゃな。」
「他人事だからな。」
お前にとって俺は他人だからな。デスクの上で資料を取っ替え引っ替えしている柳の背中を見つめつつ、仁王はけっと悪態をつく。
「お前さんにとっては自分自身じゃろ。」
「さぁどうだろうか。自己の立証ほど難しいことは無いからな。」
「そんなこと無かろう。」
持っている書類群を軽く半分に折り、折り目を中心にして卓上パンチに挟む。べこんと2つ穴を開け、ファイルに収める。それから仁王は立ち上がり、柳の首に腕を回した。
柳はペンを止め、頭を起こす。仁王は首元に鼻先を埋め、軽く身を屈める。
「俺が参謀のこと参謀やって証明したるよ。」
「それは心強いな。」
「やって参謀は俺と違うやん。」
閉じていた瞼を上げ、仁王はちらりと前を見た。組んだ右手の先には几帳面に巻かれた絆創膏。血はほとんど出ていない。
「…では元の席に戻って貰えるだろうか。」
「えー何でよー。」
今の流れやと押し倒すパターンやろー。仁王は腕を伸ばし、だらーと柳の背中に重心を傾ける。声に出さず笑いながら柳は仁王の腕を外す。
「後30分頑張ったらな。」
「頑固やねー参謀はー。」
「それがお前と違う点のようだからな。」
パソコンチェアーをくるりと回して振り返った恋人に仁王が唇を近付ける。が、半笑いの柳は右手の平でその催促を遮る。頭を振って髪束を上着から出した仁王はハァと大袈裟に溜息をついた。
「もう4、5分は経っとるじゃろ?」
「正確には3分と少々だ。」
「その時間も含めぇよ。」
「まぁ良いだろう。」
了承を得た仁王はぱっと腕を解き、座布団へ戻る。その間に一瞬だけを時計を見て、約30分後がいつなのかを確認する。
そしてまた印刷された他校生のデータを手に取り、纏めていく。参謀も俺もめんどくさかねぇと心の中で笑い、仁王は卓上パンチのハンドルに手を伸ばした。



[End.]


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