[分かりにくい優先順位と複雑な想いと、その他色々](8937/由依様リク)





「すっかり涼しくなりましたね。」
「そうだな。」
「まさにスポーツの秋、といったところでしょうか。」
「そうだな。」
持ち出し用の弁当ケースに詰めた昼食を食べながら、柳生は呟くように話す。しかし真田はおざなりな相槌を打ち、弁当の中身を片付けていくことに集中しているようだった。
そのあまりに適当な返答に柳生は恋人を見る。真田にとって食事は練習の次に重要なものであるのは、普段の発言や行動で知っている。故に自分への返答が杜撰になるのは仕方がない。
そこがかえって彼の年相応な部分なのだろう、と柳生は考えながら蓮根のはさみ焼きを口に運んだ。程よい蓮根の薄味は肉のしつこさを緩和させ、舌に甘味だけを残して胃に消える。ふと目の前を紅葉が通り過ぎ、見上げた柳生は降り注ぐ太陽の色に柔らかさを感じた。
「もう秋なんですねぇ。」
「そうだな。」
「一葉落ちて天下の秋を知るの意味が分かるものです。」
「…分かっているのか?」
真田の忙しない箸が止まり、戸惑い半分呆れ半分の疑問符が飛んでくる。一応話は聞いてくれていたのだなと柳生は実感した。
「秋の到来を落葉一枚で知るように、ほんの少しの予兆から将来の重大な出来事を予測できるということです。」
「知ってるならいい。」
見ると真田の弁当は空に近かった。あぁそのお陰かと思いつつ、箸を進める。にんじんのきんぴらは甘目に味付けされていて、疲れた体をじんわりと癒していくような美味しさだった。
ごちそうさまでした。最後の一口を食べ終わり、真田が箸を置く。そして一息つくと、あらかじめ淹れておいた緑茶を飲む。柳生は未だに食べていた。
改めて深く息を吐き、真田は空を見上げた。白米を咀嚼しつつ、柳生もつられて顔を上げる。秋の空が持つ澄んだ青と、木々の緑。優しい陽射しが肌に淡く滲み、鳥の声以外は何も聞こえない静けさが心に染み入る。
まるで時が止まってしまったようだ。柳生の中で不意にそんな思いが沸き起こる。色鮮やかでありながら静寂、かといって物淋しさがある訳ではなく心身ともに満たされた状態。きっと永遠があるとすれば今この時のことを言うのだろう。
箸を弁当ケースの上に渡し、遅ればせながら柳生も真田に倣う。足を崩し、膝を立てて後ろ手をレジャーシートの上につく。胡坐をかいて足首を回したりしていた真田は、中途半端に中身が残った弁当を見て首を傾げる。
「何をしている。」
「真田君が空を眺めてらしたので、私もそうしようかと思いまして。」
「食べてからにしろ、行儀が悪い。」
「これも栄養補給ですよ。」
呆れたような溜息が1つ返ってきた。お前はそうすぐに理屈を捏ねたがる。呟きのような真田の愚痴に、柳生は苦笑いを浮かべる。
「理屈じゃありません、むしろ本能ですよ。」
「本能ならば尚更食事が優先だろう。」
「残念ながら私は食欲よりも先立つものがありまして」
柳生は弁当を挟んで隣にいる相手へ手を伸ばす。帽子を脱いだ黒髪は汗に濡れてはいるものの、不快さを感じさせる迄には至らない。午前中に4試合もこなしたとは思えないその状態に、柳生は嬉しい反面悔しい感情が込み上げてくるのだった。
左目の眼帯は未だ外していない。外さずとも勝てる相手ばかりだったということだろう。では、と柳生は考える。自分と戦う時はどうなるだろうか。
中学テニス界でも五指に入る強さでありながら、決して奢ることなく日々鍛練を重ねる彼にとって、自分は好敵手たりえるのか。恋人である前に友である前に、良きライバルでありたい。同性を好きになるのも色々と大変ですね、と自嘲しつつ柳生は手を離した。
そして姿勢を戻し、食事を再開する。真田は柳生の行動を見ていたが、しばらくするとまた空を見上げていた。

弁当がらが2つに増える。両手を合わせ、ごちそうさまでしたと呟いた柳生はハーフパンツのポケットから懐中時計を取り出す。
12時43分。言って真田も食事には30分ほど掛けていたらしい。それでも早く食べているように見えたのは動作のせいだろうかと思いながら、柳生は時計を元の場所へ戻した。
「今何時だ。」
「12時45分です。午後の予定は如何ですか?」
「無い。」
入れ替え戦を申し込んでくる奴が居なくなった。これから1週間は暇だ。至極つまらなさそうに言い捨てたかと思うと、突然真田は寝転んだ。
当然レジャーシートからはみ出た頭の下に指を組んだ枕を敷き、右膝の上に左膝を載せる。昼寝を思わせる真田の行動に柳生は物珍しさを感じた。
「で、これからどうされるのですか?」
「試合で疲れた。少し寝る。」
「おや珍しいですね、貴方がそんなことを仰られるなんて。」
「……お前はどうなんだ。試合はないのか。」
肘をつき真田が身体を起こす。傍から見れば不機嫌そうなその表情に柳生はある直感が浮かぶ。そのせいで危うく口元が緩みそうになるが、あくまで普段通りに答えた。
「私は14時より7番コートの方と試合を。」
「2時か、間が空くな。」
無愛想な言葉の端々から伝わる真意に柳生はくすぐったくなる。仁王や切原にはよく思い込みだと言われているが、そんなことはないと改めて否定する。
元居た場所に弁当ケースを移し、再び寝転がった真田の真横に寄る。寄られた本人は少しだけ柳生の顔を見て、フンと鼻を鳴らした。
「…じゃあ明日にでも私が申し込みましょうか。」
「何をだ。」
「貴方との入れ替え戦ですよ。」
目が合う。柳生が微笑むと、少し驚いた顔だった真田がほくそ笑んだ。
「止めておけ。」
「何故です?」
「時間の無駄だ。」
「まるで私が負けるかのような言い草ですね。」
楽しげな声色の真田に柳生は口を尖らせる。真田は気にする様子もなく続ける。
「当たり前だ、俺は負けん。」
「試合は終わるまで勝敗が分からないものです。」
真田がまた起き上がる。そしてしばらく柳生を睨む。
試合中ほどでは無いものの心臓を射るような強い瞳に柳生は自分の鼓動が徐々に早くなるのが分かった。テニスで地を這わせたい感情と年相応な挑発を愛おしく思う気持ちが入り混じり、柄にもなく血が沸き立つ。
久々に興奮する感覚というものを味わい、柳生はつい口元が緩む。今度は真田が不服そうになる。
「何がおかしい。」
「いや、他の方が思っている以上に貴方は好戦的な性格であると再認識しただけです。」
「何が言いたいかよく分からん。」
「貴方が素敵だってことですよ。」
真田は怪訝そうな顔になるが、柳生は気にしない。足を伸ばし、太陽の光を浴びながら深呼吸をする。そして、やはりこれは永遠でなくて良い、と空を見た。

「でもまぁ私の方が勝ちますけどね。」
「……俺は負けんがな。」
「負けず嫌いですよね、貴方も。」

ついでに素直でも無い。そう柳生が付け足すと、真田は右側へ転び反論する。そこが素直じゃないんでしょうと考えながら、柳生も隣で横になる。
視界がすべて青に染まる。1秒毎に訪れる未来に思いを馳せつつ、柳生はそっと目を閉じた。



[Fin.]


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