※閲覧注意?※
[後片付け]([食事風景]の種明かし?編)





2人分の食器を載せたトレイをシンクに置き、流しの中に洗い物を移す。遠くで水音が始まったのが聞こえ、柳生はふうと息を吐く。
頭と骨だけになった魚を生ごみ用のゴミ袋に捨て、水道のレバーを上げる。サラダボウルに飛び込んだ水が、底に溜まっていたドレッシングを掻き乱して濁っていく。いつの間にか、透明なガラスは周りの陶器たちのように白となっていた。
他の食器にも水を掛け、軽く汚れを落とす。粗方濡れたところでレバーを下げる。
あぁ、と柳生は思い出し、濡れた手のまま冷蔵庫を開けた。そしてドアポケットの一番上に入れてあったものを取り出し、扉を閉める。プラスチック製の容器は白く半透明で、握ると手に隠れ、水滴がついた。
再びシンクの前に立ち、蓋を開ける。前回少し強めに回したせいか多少苦戦したものの、結果的に中身を出すことは出来た。透明な液体が流れ出るその光景は、先程までの行動と何ら代わりがなかった。
柳生は鼻を鳴らす。柑橘類の香りは馴れ親しんだ洗剤のもので、他の匂いを掻き消すだけの能力はあるように思えた。念の為、とスポンジに新しく洗剤を一筋零し、泡立てる。
そしてそのまま洗い物を再開する。長皿、小鉢、箸と洗ったところで、先ほど取り出したばかりの容器を持つ。
泡のせいでぬるりと逃げそうだったそれは、まるで何事もなかったように手の中にあった。そう物に意味は無いのです。柳生は頭の片隅で考えながら、その容器の口に洗剤を入れる。
半透明の容器を透かしてみると、半分ほど重そうな影が見えた。口を左手の親指で押さえて勢い良く上下に振る。いつしか影はその身の全てを満たしていた。
行為の残渣すら消え失せたであろうこの瞬間に、柳生は胸を撫で下ろしつつ、ふと思考の海に沈む。


―――水分を多く含んだ葉が白い歯に切り刻まれて咀嚼される。途端に溢れる雫をも共に嚥下し、喉仏が動く。
唾液がデンプンを、胃酸が細胞を分解する。そして長い時間を掛けて彼の身体に同化されていく。―――

羨ましい、と柳生は思い瞼を開ける。同時に恨めしいとも思う自分をさて置き、食器を洗う手を再び動かし始めた。
半透明な容器は泡にまみれ、やがて他の器に埋もれる。内側も外側も洗い終え、シンクの中は白く染まっている。天井の蛍光灯と相まってその色は、目に毒だった。
ベージュの持ち手を指先で跳上げ、すすぎを始める。器を一枚一枚丁寧に水の帯に被せると、艶めかしい白磁器の肌を輝かせながら躍り出る。彼が好きな色だと思うと割りたくなる反面、愛おしく思えた。
泡を流し終えた食器を所定の位置に立たせ、次のものへと移る。最後にあの半透明なプラスチックを入念にすすいだ後、水を止める。
片手に容器を握ったまま、柳生は左上を見た。備え付けの水切り棚にはドレッシング作りに使用した調理用のボウルが裏返しに置いてあった。口から底までが深いそれと手の中の容器を見比べて、柳生はボウルに手を掛けた。
水切り棚の上に容器をバランス良く逆さにして載せ、その上から更に逆さまにした調理用ボウルを被せる。明朝起きた際に回収したことを忘れないようにしようと決め、シンクの中に視線を戻す。
銀色のシンクは若干の泡を残している以外何も無かった。それすらも洗い流し、夕食の後片付けを終えた柳生は深く息を吐いた。時間はいつも通り20時になるかならないかぐらいだ。
腰の辺りの手すりに掛けていたタオルで手を拭きつつ、リビングへ戻る。その際、ひときわ大きい水音がした。風呂から彼が上がるようだと思いつつ、ソファーに座り、テレビの電源を入れる。
何か良く分からない明るい画面を眺めながら、柳生は明日の献立について考えていた。明日は何を食べてもらおうか。何が彼の身体を構成するだろうか。そう考えていると、ふと肘掛に置いた腕と手首に気付いた。
ああ、明日はトマトの冷製スープにしよう。そう思い付いたところで、浴室のドアが開く音がした。柳生は普段同様真田に寝間着を手渡そうと立ち上がる。
こうして離れている間にも彼に私が同化しているのは案外心地好いことなのだなと思い、柳生は少しだけ笑った。



[Fin.]


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