[運命なんて言葉では足りないほどの](8937&8720:[運命の愛とは]エピローグ)





柳生からそう微笑みを向けられ、仁王は面倒そうに生返事をする。
今日も今日とて真田の惚気を聞かされて、嫌気がさしたので話を逸らしたのがまずかった。延々と語られた挙句、同意まで求められた。
そんなにあのおっさんがええんか?と仁王は思うものの、口に出すとこれまでより酷い仕打ちが待っていそうなので内心で毒づくだけにする。明確な返答を避けて、机の上に置いてある煎餅を食べる。ざらめ味に少々仁王の機嫌は良くなった。
「仁王君は柳君に運命を感じたりはしないのですか?」
「は、俺が参謀に? 何気持ち悪いこと言いよんじゃ。」
でも付き合っているのでしょう? 普段通りの紳士的な笑みを浮かべる。その反応に女子かと仁王は吐き捨てた。
「お前さんに関係無かろう。」
「関係ありますよ。仁王君は私の友達ですから。」
「友達と違うわ。」
やれやれと柳生は肩を竦めて見せる。仁王が頭を抱えて溜息をついていると、板張りの廊下を歩く音が近付いてきた。
障子が開く。仁王と視線が合った真田は怪訝そうな顔を見せた。
「何だ。」
「お前さんと違うわ。」
「なら俺か。」
「お前は帰らんね。」
柳と仁王のやり取りに柳生は笑い、真田は眉間に皺を寄せる。少々手荒に御盆を置き、急須と湯飲みを配る。柳生もそれを手伝いながら、仁王を諌める。
「仁王君、いくら柳君が信用に足るからと言ってそのような言い方をするのは如何なことかと思いますよ。」
仁王は返答せず、そっぽを向く。仁王、と些か怒気を孕んだ声に笑う声が被る。気にするな、と続け、柳は仁王の横に座る。真田は顰めっ面のまま柳生の隣に腰を下ろした。
全く、と真田は黒楽風の湯飲みを取る。未だに柳と仁王は何かしら言い合っている。と言っても仁王が拗ねているだけにしか見えないと、柳生が笑うと、真田は呆れたようにその顔を見た。
「何をしとるんだあいつらは。」
「あれは仁王君なりの愛情表現ですよ。」
仁王が口先を尖らせる。柳が人差し指を立てて何か言っている。仁王はそれに反発するように顔を背ける。柳は更に近付いて耳元に何か囁いている。真田は分からんと首を傾げる。柳生は湯飲みの底に手を添え、一口緑茶を啜った。
彼は私や貴方ほど素直な性格ではありませんから。淡々と呟き、柳生は机の上に湯飲みを戻した。
「…あれはそんな問題なのか?」
「そんな問題ですねぇ。」
真田が机に手を伸ばしたところで、ばたんと大きな音がした。視線を再び目の前に戻すと、仁王が襖の前まで追い込まれていた。音は柳が襖に手を当て、仁王の逃げ道を遮った音だった。
流石に真田が立ち上がる。いい加減に、と言いかけたところで、言葉が切れた。
柳が仁王に口付けた。しかも長い。仁王は抵抗するが、姿勢が悪く大袈裟な物音以外は何も出来ない。あまりの光景にさしもの柳生も苦笑いをする他なかった。
しばらくして2人が離れる。肩で息をしながら、信じられんと仁王は吐き捨てた。柳はしてやったりという顔になる。


「…出て行け貴様等!!」

真田が復帰すると同時に柳と仁王をガラス戸の向こうへ投げ捨てる。多分そうなるだろうと障子を開けておいた柳生はその流れるように鮮やかな投げ技に思わず拍手を送る。それから障子をゆっくりと閉めた。
静けさが戻る。こめかみを押さえながら乱雑に座り、真田は茶を飲む。柳生もそれに倣う。鹿威しが透き通った空気に花を添えた。
「…あいつらは何をしとるんだ。」
「柳君も案外自由な人ですからねぇ。あそこまでするとは少々思いませんでしたが。」
黒と錆鼠の湯飲みが並ぶ。示し合わせたように2人が息を吐き、お互いを見た。
「私達もしますか?」
「何をだ。」
「柳君と仁王君がしていたことをですよ。」
「断る。」
馬鹿かと言い添え、真田は視線を机の上に向ける。馬鹿とは些かショックですねぇと言いながらも、柳生はにじり寄る。予想していたらしく、真田は振り向きもせず柳生の頭を片手で押さえる。柳生は小さく唸った。
「嫌なんですか。」
「…俺の家なんだが。」
「別に誰も居られないでしょう?」
「さっき放り出した連中はどうした。」
「多分2人で何かしてますよ。」
「お前も放り出すぞ。」
木の皿の中にある醤油煎餅を手に取り、真田は2つに割る。そして半分を柳生に手渡し、無言で食べる。柳生はしばらく煎餅を眺めていたかと思えば、はぁとこれ見よがしに息を吐いた。
「…何だ。」
「真田君も私みたいに素直になられれば喜ばしいですのに。」
「そんな俺だから好きになったんじゃなかったのか。」
一瞬間が空く。柳生が横を向くと、真田は同じ方向に顔を向けた。柳生には真田の頭しか見えなかったが、その赤くなった耳が確認できるだけで充分だった。
ふ、と柳生は笑い、煎餅を食べる。固過ぎるがこれも彼の好きなものだろうと思うと、不思議と自分も好きになれそうな気がした。
「そうですね。私は恥ずかしがり屋さんで素直じゃない真田君が大好きですね。」
「……色々と余計だな。」
「そうですか?」
「そうだな。」
煎餅を食べ終えて、真田は再び茶を飲む。障子越しに言い合う大声が始まって、真田は眉間を指で挟んだ。全く、と真田が胡座を崩したのを見て、柳生は煎餅を置いた。
「真田君。」
「なん、」
両肩に手を置き、真田と唇を重ねる。バランスを崩した真田は背中側へ倒れ込み、予期せず柳生が馬乗りしている形になる。
唇が離れ、真田は口元を袖口で隠しながら視線を逸らす。しかしその顔は真っ赤で、何となく柳生は満たされた気分になった。


笑う貴方も、照れる貴方も、怒る貴方も、呆れる貴方も。自分の気持ちに素直な貴方を傍で見られると言うことがどれだけ幸福なことか貴方は分からないでしょうね。
貴方が居れば私の世界は煌めく。貴方が居るから、私はこうして生きていける。
私にとって貴方はすべて。それだけが、私の事実なんです。


真田と目が合う。ふわりと笑いかけると、スパーンと小気味良い音がした。
もう帰ると仁王が叫び、それを追いかける柳の忙しない足音が近付いたかと思えばすぐさま遠ざかっていった。真田と柳生は固まったまま2人の行動を見ていたが、そうしている内に出て行ってしまった。
相手と荷物以外はどうも見えていなかったらしい。玄関の引き戸が勢いよく開かれて閉じる音に毒気を抜かれ、柳生と真田は深く溜息をついた。
「…あいつらは一体何をしとるんだ。」
「さぁ、ここまで来ると私にも分かりかねます。」
柳生は少し身を引き、真田の腕を持つ。上半身を起こした真田は今日何度目とも知れぬ溜息を吐きながら、柳生の髪に指を差し込んだ。
「お前はいつも強引過ぎる。」
「そうですか? 多分それはあの2人に当てられたせいですよ。」
「気のせいだなそれは。」
柳生が真田の首に腕を回す。真田はしばらく訝しげにしていたが、深く息を吐くと諦めたように目を閉じた。
唇が重なる。先程より長めの口付けはゆるりと2人の間の境界線を溶かしていくようだった。
やっぱりお前は馬鹿だと真田は俯き加減で呟く。顔を赤くして言われても説得力に欠けますよと満面の笑みで柳生は応える。しばらく見つめ合っていると、どちらともなく笑いがこぼれた。
柳生が真田に抱きつく。服越しに伝わる熱が心地好く目を閉じていると、真田がいつものように髪を鋤いた。武骨な指が優しく自分の髪を流れることが柳生は好きだった。

「…やっぱり良いですねこういうの。」
「まぁ……そうだな。」
でも、と真田は肩を押し柳生に真正面を向かせる。そして眼鏡を取って手元に置き、もう一度口付けた。
一瞬だったものの普段は全く無い真田のその行動に柳生は呆気に取られる。上擦った声で名前を呼ぶと、真田は顔を背けたまま視線だけを柳生に向ける。
されてばかりなのは性に合わんからな。たまには良いだろう。若干拗ねたような言い回しながらもその言葉に込められた真意を汲み取った柳生は、今日一番の笑顔を真田に見せた。


「…俺は少なくともそう思うがな。」



[Fin.]


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