[言葉なんか要らない](8937&8720:[愛の言葉を囁いて]エピローグ)





真田の声に、扉を開けて部屋に入ってきた柳生が不思議そうになる。次いで、柳生を手伝っていた仁王が背後からその顔を覗かせた。
面白げに笑っているそれぞれの恋人に何か良く分からないながらも不満を感じつつ、柳生と仁王はラグランマットの上に座る。柳生は手に持っていたトレイを机の上に置き、ティーセットを下ろす。
「何の話ですか?」
「お前と弦一郎の馴れ初めだ。」
「おい蓮二。」
俺はそんなことは言ってないと真田は不服を漏らす。仁王はその隙に真田の皿からスコーンを取ろうとして、柳生からスプーンで手を叩かれていた。
「その様なものだろう。」
「違う。」
「では何を話されていたのですか?」
「そ、れは、」
ちらりと真田が柳を見る。柳はそれを無視して自分の皿を取る。
「ノロケじゃろ。」
「違う。」
「柳生、ミルクは?」
「葉から煮出さないミルクティーは邪道です。」
ティーポットを回し、味を落ち着かせる。柳生がカップに紅茶を注ぎ始めると、独特の澄んだ香りが辺りに漂い始めた。
どうぞ、と柳生はまず真田に紅茶を渡し、それから柳・仁王・自分の前にカップを移動させる。砂糖を入れずに真田は一口飲む。その流れるような2人の行動に柳は思わず噴き出してしまった。
「何だ。」「どうしました?」
加えて呼び掛けまで重なった。柳は堪えきれず声を上げて笑い出してしまった。
「まるでおしどり夫婦だなお前ら。」
「どういう意味だ。」
「やぎゅーが嫁でさにゃだが旦那?」
「まぁそう見えるでしょうね。」
まったくと真田はスコーンを手に取り、ちぎって食べる。柳生は角砂糖を1つ入れ、スプーンでゆっくり混ぜる。透明度の高い琥珀色に砂糖が溶けて消えていく。
「それで、何を話してらしてたんですか?」
「…前に話したことだ、気にするな。」
「そうですか。」
同じタイミングで紅茶を啜る2人に、向かい側の柳と仁王が笑い合う。それを見て、真田は不服そうに視線を天井に逸らし、柳生は慣れたように微笑む。
「……蓮二がお前と付き合いだした時の話を聞きたいと言ったから話しただけだ。」
「そうですか。それより私は何故貴方が困っているのかが良く分からないのですが。」
「む……いや俺は蓮二が適当なことを言うから」
「人のせいにするのは良くないな弦一郎。」
「そうじゃよ弦一郎。」
「お前は俺の名前を呼ぶな。」
悪乗りする仁王に突っ込みを入れて、真田はもう一度カップに唇をつけた。ほの優しい香りが身体中に染み渡るが、真田は緊張でよく分からなかった。
「まぁ気にするな。弦一郎はお前と添い遂げるつもりらしいだけだからな。」
「蓮二、お前は勝手なことを」
「えぇ存じ上げております。」
「柳生!」
仁王が腹を抱えて笑い出す。平然としている親友と恋人に挟まれて、真田は至極嫌そうに紅茶を飲み干しカップを柳生の前に置いた。はいはいと柳生はポットに残っていた紅茶をすべて淹れきる。
「私は真田君が振り向いてくれた時より永遠を誓っております。」
「俺は振り向いてなどおらん。」
「あぁ……『今のお前を総て愛しいと思っている』でしたかね。」
ひゃひゃひゃと仁王が床の上をのたうち回る。あんまり笑ってやるなと言いながらも、柳も肩が震えていた。真田は耳まで真っ赤になりながら紅茶を飲む。柳生は表情を変えずにスコーンを食べる。
「愛されてるじゃないか弦一郎。」
「…馬鹿にしているだろうお前ら。」
まったくともう一度言い、真田もスコーンを食べる。その不満そうな顔に柳生は満足そうに微笑む。
「3年間も想い続けてきたのです。多少の謗りは受けていただいてもよろしいのでは?」
「お前は他人事だと思って、」
「私は貴方と一緒に居られるのなら、どの様な謗りでも喜んで受け入れますよ。」
真田が赤ら顔のまま俯く。柳生は慣れたように紅茶を飲む。仁王と柳はにまにまと笑う。
ラブラブじゃのうと仁王が茶化すと、えぇそうですねと柳生が返した。
その瞬間、真田が床についた手に柳生の手が重なる。俯いた目にそれが映り、真田は思わず顔を上げて柳生を見た。しかし相手は何事も無かったかのように紅茶を飲み続けている。
知れば知るほど非常識な柳生に真田は振り回されていると呆れていたが、一方でそれはそれで嬉しいと思っている自分が居ることも認めざるを得なかった。
はぁと溜息をつくと、どうしましたと柳生が振り向く。何でもないと応えながらも、その微笑みにつられて真田の表情が緩む。


人を愛することはとても美しいことだとあいつは言った。だから貴方は美しいんですとあいつは続けた。その時は何を言っているんだと思ったが、今なら何となく理解できた。
隣で笑うあいつは確かに綺麗だった。それが俺を好きだということが理由ならば、幸せに思うべきなのだろう。


その前に多少の恥ずかしさも覚えてしまうが、と真田は視線を逸らしながら再び紅茶を飲んだ。
そして、目の前の2人に気付かれないように、重ねている柳生の手に指を絡める。心持ち触れ合った視線に、お互いの口元が緩んだのが見えた。


「そうですよね、真田君。」



[Fin.]


8937目次へもどる
トップにもどる


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -