[柳生の憂鬱](89→37/アニペアプリピクチャードラマより)





別に嫌という訳では無い。クラス総意の意見を今更覆すようなことはしない。
しかし、と柳生はホームルーム時に配られたプリントを手に取り、溜息をついた。

『3−A模擬店についてのお願い』

パソコンで打ち出された文字は淡々と当日のタイムスケジュールや持ち物について述べている。その箇条書きの一番上の文字を読んで、柳生は再度溜息を吐いた。
執事喫茶。ギャルソンが執事の振る舞いで給仕を行うという特色を持った模擬店らしい。さほど流行りごとに気を配らない柳生だったが、流石に自分がやることぐらいは最低限調べている。調べたからこそ、落ち込んでいる。

確かに他のクラス・部活動でも喫茶店の模擬店を行う所は多い。その中で競い合うのならば、特色を出していくことはとても大切なことだ。
それは分かる。分かるが、と眼鏡を外し、眉間を押さえる。気が進まないと表現するのが一番正しいだろう。
執事姿で給仕する様を家族に見られるのを恥ずかしく感じる気持ちも多少はある。だが気が進まない理由の大半はそこではない。

「真田君…。」

そう一番の理由は柳生の想い人・同じクラスの真田にあった。
別に接客が不安という訳では無い。確かに彼は傲岸不遜な面もあるが、それはあくまで委員会の仕事中やコート内だけでのこと。
普段は品行方正で礼儀正しく、むしろクラスメイト内では自分と同じくらい執事の振る舞いが似合う筈だ。
だからこそと机に両肘を突き、指を組む。

人気が出ない訳が無い。
風紀委員長としての厳格な態度と行動のせいで、校内での真田の人気は他のテニス部レギュラー陣と比べると低いものだ。
しかしそんな真田が自らの足下でかしずき、まるで本物の個人付執事の様に給仕を行う。こんなにも優越感とギャップを感じられることは真田以外には存在しない。
元々凛々しく端整な顔つきで手足が長く、全体のバランスが黄金比の様に素晴らしい外見を持っている真田。加えて今回の模擬店で基本的には慇懃かつ雅馴である事実が知れ渡れば、確実にファンが増える。それが柳生にとって最大の懸念事項だった。

極めて私事だと柳生も感じてはいる。しかし3年前に初めて出逢った日から真田を想い慕っている柳生にとっては、どうしても気にしてしまう部分だった。
そもそも異性というだけで不利なのだから、ライバルは少ないに越したことは無い。だが自分では最早どうしようもないことなのだ。柳生は思わず頭を抱えた。

とその時教室の引き戸が開いた。慌てて眼鏡を掛け振り向くと、見慣れた少年が入ってきていた。それが誰かを認識した瞬間、柳生は心臓が止まる思いをした。

「ここに居たのか。」
「真田君…?」

今の今まで思考のほとんどを占めていた人物の登場に、柳生はつい口元が緩む。
いけないと慌てて気を入れ直して表情を引き締めると、真田が前の席を借りて座った。その仕草ひとつひとつに柳生は思わず見とれる。
「お前の具合が最近優れないようなのでよもやと思ったのだが…」
どうかしたのか?という真田の気遣いに柳生は複雑な気分になった。
自分のことを気にしてくれていたのだという嬉しさと、不安がらせてしまったという申し訳無さ。らしくない、と柳生は心の中で自嘲する。
「いえ別に」
「そうか? その割には」
言葉を言いかけた真田が柳生の手元のプリントに気付く。しまった、と思った時には真田の視線が上へと動いていた。真っ直ぐに見つめられ、柳生は言い訳を封じられる。
「模擬店について何か気にかかることがあるのか?」
テニスで見せる洞察力がたまに実生活で生かされる時がある。そうして私の想いも分かってくださればと柳生は思うが、口には決して出さなかった。一緒に居られるだけで幸せなのだから、みすみすその幸せを手放すような真似は出来ない。
柳生は普段と変わらない発音・声色を意識しながら、慎重に言葉を発する。
「いえ特には。しかし親に執事姿を見られるのが少々恥ずかしく感じられまして…」
「そうか。だがお前が一番似合っていると女子達が言っていたぞ。」
「褒められるのは身に余る光栄に感じるのですが…」
「もっと自信を持て。お前の執事姿は親御さんに見せても恥ずかしくないものだ。」
立ち上がりつつ、真田はとんとんと柳生の肩を叩いた。触れた手の熱さに心を奪われかけるが、柳生は冷静を装う。
「何処へ行かれるのですか?」
「今日は帰る。御爺様に稽古をつけてもらう約束をしているのでな。」
「途中までご一緒します。」
机の横に掛けていた鞄を手に取り、柳生も立ち上がる。真田はいつものように短く返事をして、歩き出した。
その後ろについて教室を出た柳生は、杞憂に終わればいいのですがと考えながら扉を閉める。しかしながら今は、一緒に帰ることに浮き足立っている自分を抑える方が先だと頭を切り換えた。
海原祭まで後3日。



[Fin.]


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